607話
「春さん……」
「塩崎さん……」
純也と春香は熱く見つめ合った。今にも手を取り合わんかのように。
「俺……幸せっす……」
「私も、本当に幸せです」
目を潤ませている二人を雄太は苦笑いを浮べながら見ていた。
(この二人……。意外と似てる部分あったんだな)
四人が夕飯を食べようと訪れていたのは海鮮の店。純也と春香がウルウルと目を潤ませていたのは、ホタテの貝柱の刺し身だ。
「美味いっすぅ〜」
「甘くて美味しい〜。ほっぺた落ちそうっていうのが分かるぐらいに美味しい〜」
三度目のおかわりでも、嬉しそうに食べては感動している姿に、雄太は笑いが込み上げてくる。
「春香、ホタテ好きだもんな」
「うん、大好き」
ニコニコと笑う春香の隣では、焼いた鮭のほぐし身を混ぜたご飯をマクマクと頬張る凱央。
「パッパ、オーチィ」
「そうか、良かったな。しっかりよくモグモグ噛んで食べるんだぞ?」
「アイ」
凱央用にと作ってもらった冷製の茶わん蒸しや海老真丈も気に入ったようだ。
雄太は赤海老の頭を取り、ほんの少しだけ醤油をつけて頬張る。甘くプリプリとした旨さに顔が緩む。
「海鮮が美味いってのは、北海道遠征の楽しみだよなぁ〜」
「だな。家から離れての遠征って、あんまり好きになれないけど、食べ物が美味しいっていうのは嬉しいよな」
「小倉だと、鈴掛さんの一推しの鰻とか河豚が良いよなぁ〜」
純也は大盛りの海鮮丼を食べながら、小倉で食べた物を思い出していた。
「私は、おうどんが印象的だったなぁ〜」
「あ〜。うどんも美味かったっすね。俺、あの後もう一回食いに行ったっすよ」
「おうどんもだけど、お肉美味しかったですよね」
雄太も肉うどんが気に入っていた。
「あの肉うどんは美味かったな」
「だよね。あのお肉の味付けは真似したいなぁ〜」
「お、期待してるぞ」
「うん」
無心で鮭の混ぜご飯を食べきった凱央は茶碗を春香に差し出した。
「マッマ、オワワイ」
「はいはい」
春香は凱央の茶碗におかわりを入れてやる。店長がサービスだとホタテの貝柱のバター焼きと貝ヒモのバター焼きを持って来てくれたので、貝柱をほぐして少し凱央の口に入れてやる。
「ンマァ〜。オワワイ」
「もう少しだけよ?」
余程美味しかったのだろう。口をンパンパして拍手をしている。
「そっか、美味いか。良かったな、凱央」
「貝ヒモもウメェ〜」
「歯ごたえが良いし、独特の旨味が良いな」
凱央の世話をしている春香に食べさせてやる。
「春香、あ〜ん」
「ありがとう」
「美味いよな」
モグモグと食べながら、春香は嬉しそうに頷いた。
たっぷりと海鮮を堪能し、ブラブラと歩く。
「やっぱり北海道は涼しいね」
「だな。気持ち良いよな」
雄太の腕に抱かれた凱央は、店主からもらった吹き戻しをピープーと鳴らしている。
「休みの日、遊びに行くって言ってたけど、行く所決めてんの?」
「ん? ああ。カームに会いに行こうかと思ってんだ」
「あ〜。カーム、こっちで種牡馬やってんだったな」
「ああ、浦河だ。せっかく北海道に来たんだから、春香に会わせてやりたくてな」
ニコニコと笑っている春香を純也はチラリと見た。その笑顔は、雄太が色々と考えてくれた事が嬉しいという事とカームマリンに会える嬉しさだろうと純也は思った。
「カームかぁ〜。また舐められるんだろうな」
「それは、俺も思う」
「今も大型犬なのかな? ほら、種牡馬になると性格が変わるとか言うだろ?」
「場長さんに訊いたけど、普段は大人しいようだぞ」
よく食べ、しっかりと種牡馬の仕事もこなしていると聞いた。
自分が乗っていた馬が種牡馬になり、その仔達が活躍してくれるのは、騎手として嬉しい事だ。そして、産駒に乗れたらと思う。
「まぁ、その前に週末のレースを勝たなきゃな」
「おう。雄太には負けねぇ〜」
「俺だって、ソルには負けないからな」
雄太と純也が、レースへの意気込みを語っているのを頼もしいなと思いながら、涼しい北海道の夜を楽しんでいた春香だった。




