605話
7月11日(木曜日)
「よし、行くぞぉ〜」
「うん」
「アイ〜」
凱央を抱っこした雄太とマザーバッグを持った春香は迎えのタクシーに乗り込んだ。
初めて家族全員でお揃いの水色のスポーツブランドのTシャツを身に着けた。慎一郎と理保に買ってもらいお気に入りになった帽子をかぶった凱央はノリノリだ。
「パッパァ〜、ブーブー」
「……凱央、落ち着こうか?」
「アイ〜。ウキャウ〜」
「空港に行くまで、こんな状態たったら、飛行機に乗る前に疲れきりそうね……」
これからバカンスかと言う感じの雄太達を見て、タクシーの運転手もにこやかに高速を走らせる。
「マッマ、ンチャ」
「はいはい。もう、はしゃぎ過ぎるから喉渇くのよ?」
春香がマザーバッグからベビーマグを取り出し、凱央に手渡すとンクンクと飲み始めた。
空港に着いたらついたで、キョロキョロと辺りを見回してはキャッキャとはしゃぎ、離陸すると大きく目を開いて、窓の外をキラキラと目を輝かせて見ていた。
だが、しばらくするとスースーと寝息をたてて眠り始めた。
「旅行の意味は分かってないとは思うけど、楽しそうだったな」
「うん。北海道のイメージなんてないと思うけど、ワクワクしたんだろうね」
「俺もワクワクしてるからなぁ〜。今までは遠征っていうと、家族と離れてって思う気持ちが大きかったけど、今回は二週間一緒だからさ」
雄太がウキウキワクワクしているのは春香も分かっていた。
『今日、ちょっと帰り遅くなるから』
そう言って帰ってきた雄太は、お揃いのTシャツ買ってきたのだ。
そして、もう一つ小さな包みを差し出した。
「なぁに?」
「開けてみ?」
「うん」
中にあったのは、小さなヒマワリのイヤリングだった。
「夏って言ったらヒマワリだろ?」
「可愛い〜。ありがとう、雄太くん」
パァ〜っと輝くような笑顔を見せた春香はイヤリングを耳に着ける。
「似合うぞ」
「えへへ」
そのイヤリングは春香の耳に着いている。嬉しそうに飛行機の窓の外を見ている春香の顔を見て、北海道への帯同を画策して良かったなと思った。
(夏と言えばヒマワリって単純だったかなって思ったけど……)
アクセサリーを身に着ける事がほぼない春香が、ヒマワリのイヤリングを手に取ってはニコニコと笑っていたのを見て、雄太は買って良かったと思っていた。
今朝も、イヤリングを着けてニッコリと笑っていたから、雄太のテンションは上がりまくっている。
「あ、北海道見えてきたぁ〜」
「晴れてるから、よく見えるよな」
「うん」
広く緑豊かな大地が大きく手を広げてくれている気がした。
(雄太くんのお母さんみたい……)
昨夜、慎一郎と理保に会い、留守をお願いしてきた時の事を思い出した。
「そうか。二週間も時間を取れば、体も楽だろう。春香さん、夏休みだと思ってゆっくりしてくると良い」
「はい。のんびりさせてもらいます」
冷蔵庫にあった食材と庭で育てている野菜で作ったオカズを詰めたタッパーに、慎一郎はホクホク顔だった。
雄太のキーケースをテーブルに置いた。
「これが門扉の鍵。こっちが玄関」
鍵の説明をして、セキュリティの解除方法を伝える。
「プランターの野菜が大きくなってたら採って食べてくれよな。収穫用のハサミはウッドデッキの下に置いてあるから。父さんの好きなシシトウとかあるよ」
「ああ」
慎一郎は頷きながら、タッパーに詰めてあったジャコシシトウをつまみ食いしていた。理保は、呆れながら取り箸と小皿と箸を出して、タッパーを冷蔵庫にしまう。
「朝に水やりするついでにいただくわね」
「はい。遠慮なく食べちゃってください」
新鮮な無農薬野菜を息子の雄太と孫の凱央の為にせっせと育ててると聞いた時は、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
(本当、良いお嫁さんをもらえて良かったわ)
優しく微笑む理保を見て、春香は春香で優しい気持ちになっていた。
(お義母さんにお土産送らなきゃ)
何が良いか考えるだけで心の中がポカポカするような気がした春香だった。




