604話
「あのさ、今年の夏の遠征の事なんだけど」
「うん。北海道と小倉とアメリカ……だよね?」
夕飯を食べながら話す雄太は、いつも以上にニコニコとしている。
「俺が北海道に行く時に、春香も凱央を連れて一緒に行かないか?」
「……え? えっと……私と凱央が北海道に滞在しても良いって事……?」
「そう。途中、俺は小倉に移動しちゃうけどさ」
春香はカレンダーに書かれた予定を思い出す。
「小倉って、一日行っちゃうだけだよね?」
「ああ。それでも良いなら北海道にしばらく滞在しないか?」
暑い時期に北海道にゆっくり旅行するのは、贅沢だと思えた。しかも、雄太の言い方だと数日と言う感じではないと気づく。
春香の表情から判断した雄太はニッと笑った。
「気づいた? 滞在予定は二週間。でな、休みの日にカームに会いに行こう」
「え? カームに……会えるの……?」
「ああ。実は、もうホテルは予約してあるんだ。カームのいる所の場長さんにも許可をもらってあるぞ」
「あ……」
カームに会える喜び。雄太が何もかも済ませて誘ってくれた嬉しさ。春香の目がウルウルと潤む。
「観光地へ行くのは凱央が大きくなってからって春香は言ってたろ? けど、カームに会いに行くのは観光地じゃないしな」
「うん……。うん……」
「俺もカームに会いたいし、きっとカームも春香に会いたいんじゃないかなって思ってさ。たまには、のんびりしないかなって」
先に話せば春香は遠慮してしまうと雄太は考え、予約などを済ませてから話したのだ。もし、どうしても嫌だと言われたらキャンセルすれば良いだけだ。
数日の旅行より、長く滞在するようにすれば疲れも溜まりにくいだろうと雄太は考えた。
「嬉しい……。本当に嬉しいよ、ありがとう……。ありがとう、雄太くん」
溢れる涙を指で拭いながら春香が笑っている。凱央は、どうしたのかと春香の顔を見詰めていた。
「マッマ、エンエン?」
「ううん。ワ〜イだよ」
「ン」
泣いている春香を気遣う事が出来るようになったのかと、雄太は我が子の成長が嬉しくなった。
凱央の頭を撫でると、凱央が雄太を見上げる。
「凱央。お馬さんに会いに行くんだぞ。飛行機にも乗るんだ」
「イオーイ」
「そうだぞ。飛行機に乗って、美味しい物をいっぱい食べて、お馬さんに会いに行くんだ」
半分も分からないだろうなとは思うが、凱央は大きく頷いた。
「時間のある時に、春香用のトランクを買いにいかなきゃな。大きなの買っても、先にホテルに送れば飛行機に乗る時も楽だしな」
「うん、そうだね。楽しみだなぁ〜、北海道」
結婚前、春香が訪れたのは函館で、大して観光も出来なかった。今度は、二週間も滞在するとなれば、観光も出来るだろう。
「レンタカーの予約もしてあるんだ。チャイルドシートもレンタルしてあるから」
「ありがとう。至れり尽くせりだね」
「もし何か忘れてたらごめんな」
「うん」
春のG1シリーズでアレックスと勝てた事で気持ちに余裕が出来た事と、ハーティの事や香水女の事で春香に気苦労をかけまくった事の埋め合わせが出来ないかと、雄太なりに一生懸命考えたのだ。
(俺の仕事柄もあるけど、凱央がいるからって旅行も出来てないし……。良いホテルで家事のお休みをさせてやって、心も体もリフレッシュさせてやりたい。……北海道でカームに会わせてやれないかな? 一度、場長さんに訊いてみよう)
電話で連絡をとり、ホテルに問い合わせして、レンタカーなどのレンタルする物をピックアップした。
(うん。これで漏れはないな)
春香が喜んでくれるだろうと思うだけで顔が緩んだ。
普段から心配させている春香を労りたいという気持ちからのサプライズ旅行。アメリカに行く事が決まって、しばらく離れてしまうから一緒に居たいという気持ちもある。
(なんだかんだ俺は春香に甘えてんだよな……)
それは男としてどうなのかと言われそうだが、春香が居ないと精神的に脆くなってしまう自覚はある。
チラリと春香を見ながら、今年の北海道遠征は楽しみだなと思った雄太だった。




