598話
4月26日(金曜日)
京都競馬場の調整ルーム。いつものように雄太の部屋に集まり駄弁ろうとしていたのだが、最後に部屋に入ってきた梅野の姿に雄太、純也、鈴掛は固まった。
三人が見詰める中、梅野はスタスタと座っている雄太に近づいてバックハグをする。
「雄太ぁ〜」
「……梅野さん、抱きつかないでください……」
「雄太くんたら、つ・め・た・いぃ〜」
ゲンナリとした顔で答えた雄太に梅野はスリスリと顔を寄せる。
「顔を寄せないでください……」
「親愛の情を示してるのにぃ〜」
「暑苦しいんですよ。何ですか、その着ぐるみは。それ着て俺の部屋まで来たんですか……?」
梅野はモコモコ生地のウサギの着ぐるみのようなパジャマを着ていた。
「え、これぇ〜? 可愛いだろぉ〜? この前行ってきた同窓会のビンゴの景品なんだよぉ〜」
「……俺、そういう趣味はないんで、ソルに抱きついてください……」
モコモコした生地が雄太の体に巻き付いているし、無駄に長い耳が後ろから抱きつかれている所為で、首筋にスリスリしてウザいのだ。
「えぇ〜、駄目かぁ〜?」
「駄目です」
雄太に拒否られた梅野が純也のほうをチラリと見ると、胸の前で大きくバツをする。
「俺も嫌っすよ。中身が可愛い女の子ならまだしも、何で野郎に抱きつかれなきゃなんないんすか」
「純也まで……。俺は、悲しい〜。シクシク〜」
梅野は雄太から体を離し床に転がって突っ伏し、泣いた振りをしている。
雄太はその間に体を壁際にやり、背中に抱きつかれないようにした。
「鈴掛さんに抱きついたら良いじゃないっすか」
「お……おい。純也、お前」
純也がニヤリと笑って言うと、鈴掛が顔を引きつらせた。突っ伏していた梅野の体がビクリと動くと、ニヤッと鈴掛が笑う。
「まぁ、良いか。ほら、梅野。抱いてやるぞ」
鈴掛がコイコイと手招きをすると、梅野は固まったままジッとしていた。
「何だ? 照れてるのか? 仕方ないな」
鈴掛は更にニヤッと笑うとゆっくりと立ち上がり梅野に近づいた。その気配を感じて、梅野は素早く起き上がり、純也の後ろに逃げ込んだ。
「やめてくださいぃ〜。おっさんに抱かれる趣味はないですぅ〜」
「誰がおっさんだ。だが、今日の俺は寛容だ。遠慮すんな。可愛いウサギちゃん」
「ギャア〜」
純也を盾にして小さく丸まる梅野の尻を鈴掛が撫でると、梅野が悲鳴をあげ、更に小さくなる。
ピンクの尻尾がピクピクと動いていて、中身が梅野でなければ可愛いだろう。
「し……尻触られたぁ……」
「何だ? 尻だけじゃ不満なのか? ん?」
「純也……助けろってぇ……」
純也は背中に梅野が縋っているが、全く助ける気はないようで、ドッシリと胡座をかいたまま微動だにしない。
「そんなピンクのウサギに変身してるんですからっすよ。鈴掛さんに可愛がってもらってくださいっす」
「純也、冷たいぃ〜」
「てか、天皇賞に出る騎手が、ピンクのウサギの着ぐるみ着てるとかないっすよ? 何なら、そのまま騎乗するっすか?」
純也にかまわれて梅野は、チラリと雄太を覗き見る。その視線に気づいた雄太はニッコリと笑った。
「ゆ……雄太ぁ……」
助けてくれるかと思った梅野の肩を雄太はポンポンと叩いた。
「天皇賞は日曜日ですから、今日は鈴掛さんとゆっくりまったりしてください。俺とソルはお邪魔にならないようにしますから安心してください」
「雄太ぁ〜〜〜〜〜〜っ⁉」
一番助けてくれそうな雄太にアッサリとフラれて、純也から手を離して雄太に縋る。
「そうだよなぁ〜。たまには、二人でシッポリしてくださいっす」
「純也ぁ〜〜〜〜〜っ‼」
叫ぶ梅野の体を鈴掛が背後から抱き締める。
「ちょっ……ちょっ……ちょっ……。す……鈴掛……さん……?」
「俺の部屋が良いか? お前の部屋でも良いんだぞ? それとも、後輩二人に見守られながらが良いのか? 好きなのを選んで良いぞ?」
「ウギャア〜〜〜〜〜っ‼」
梅野の悲鳴を聞きながら、雄太と純也は我慢の限界を迎え、腹を抱えて笑い転げた。




