594話
3月24日、中山競馬場で開催されたG2で一着になった雄太は、天皇賞春にアレックスと出場が決まり、また色々と取材が増えた。
取材は仕事に含まれるという事もあり、時間が取れなくなりつつある事から、祝勝会は雄太宅でするのが定番になっていた。
今回は、鈴掛は厩舎関係。梅野はテレビの撮影で来られなかった。
「塩崎さん、凱央をお願いしますね〜」
「任せとけっす〜」
準備をしている間、凱央は純也とウッドデッキのブランコで遊んでいた。キャッキャと喜んでいる凱央を見ていると、梅野達が兄弟に見えたように純也と凱央も歳の離れた兄弟に見えなくもない。
「……凱央がソルに似たらどうしよう……」
「え?」
「リンゴ飴みたいな頭になって、ガツガツ飯食って、暇があったらその辺走り回ってるような……」
「プッ」
顔が雄太で、髪が真っ赤で、性格が純也の凱央を想像したらおかしくて春香は思いっきり吹き出した。
「わ……笑わせ……ないでぇ〜」
「笑ってる場合じゃないぞ?」
「でも、あのお気に入りの馬に乗って暴走してる姿は雄太くんにそっくりだし大丈夫じゃない?」
「俺、暴走してるっ⁉」
「……たまにベッドで」
「あ……。まぁ、たまにな」
窓ガラス越しに、仲睦まじい雄太と春香の様子を眺めながら、純也はほのぼのしていた。
(良いなぁ〜、雄太と春さん。いつまでも新婚みたいで。凱央が、どんどんと言葉を覚えているぐらいなのになぁ〜)
「ウォウ〜。ウォウ〜」
「ん? どうした凱央」
「ンチャ」
「ん? あ、お茶飲みたいんだな?」
「ン」
ブランコを止め、室内に入る。そして、良い香りにヨダレが流れ出そうになる。
「春さん、凱央がお茶飲みたいみたいっす」
「あ、丁度良かった。小田巻蒸し出来たし、ご飯にしましょう」
「やったぁ〜。凱央、手を洗いに行くぞぉ〜」
「ン」
抱っこをされた状態で嬉しそうに洗面所に向かう凱央を見送りながら、春香は小田巻蒸しをテーブルに並べ出した。
「凱央が騎手になるかは分からないって思ってるけど、これだけ周りに騎手の人がいたら、憧れちゃうんだろうなぁ〜」
「……ソルには憧れて欲しくないな」
「あはは。もう、雄太くんたら」
翌日、腹筋が筋肉痛になるかも知れないと思うぐらいに春香は笑っていた。
「タタチマチュ」
凱央が小さな手を合せて、『いただきます』をするのを三人で見ているとほっこりとする。
「本当、どんどん成長するよな」
「ああ。調整ルームに入る前と帰ってきた時でも違うんだ」
「子供ってスゲェな」
純也は大きく口を開けて、イクラ軍艦を一口でパクリと食べ、雄太は赤海老を美味そうに頬張る。
その視線の先で、凱央は冷ましてもらった小田巻蒸しを美味そうに食べていた。
「俺、茶わん蒸しにうどん入ってるの初めてかもしんねぇ」
「そうなんですか? 雄太くん、体を温めたい時とか、軽い風邪の時とかに良く食べてるんですよ」
「へぇ〜」
純也はチラリと雄太を見る。
「何だよ?」
「雄太は愛されてるなって、改めて思ったんだよ」
「当たり前だろ?」
「くぅ〜っ‼」
雄太はドヤ顔で答え、純也は悔しそうに拳を握り締める。春香は口元を押さえてクスクスと笑っていた。
「ゴチャゴチャ言うなら、次から呼ばねぇぞ?」
「の゙お゙っ⁉」
「あ〜。もうソルは春香の作った飯が食えないのかぁ〜。可哀想だなぁ〜」
雄太がチラチラと純也を見ながら言うと、純也は口をパクパクさせていた。
「ゴメンナサイ。オレガワルカッタデス」
「何で片言なのか分かんねぇけど許そう。で、俺にお祝いの言葉は?」
「うぅ……。おめでとう、雄太……」
ジャレている二人をジッと見ていた凱央が口の中にあったうどんをゴクンと飲み込んだ。
「パッパァ〜、メート」
「え? あ、おめでとう……か」
「ン」
「ありがとうな、凱央」
また一つ、言葉を覚えた凱央。翌日、予想通り腹筋が筋肉痛になった春香。
この大切な家族の為に、もっともっと勝っていけるように頑張ろうと気合いを入れた雄太だった。




