586話
3月10日(日曜日)
中京競馬場 11R 第39回阪神大賞典 G2 15:45発走 芝3000m
今回の阪神大賞典は中京競馬場で開催される。
馬によって競馬場の得意不得意はある。アレックスは初めて中京競馬場でのレースだったが、雄太に不安はなかった。
「アル、一番人気だぞ。期待されてるな」
雄太に声をかけられると、アレックスは悠然と尻尾を振った。パドックでも返し馬でも機嫌が良く、入れ込んでいる気配もなかった。
ファンファーレが鳴り響き、観客が沸く。ゲートに誘導されるとなった時、アレックスの雰囲気が変わった気がした。
(本当、競馬を分かってる奴だな)
「アル、頑張ろうな」
キッと前を見ながらゲートに入るアレックスの様子に、雄太はワクワクしてしまった。
(アル、すごく落ち着いてる……)
テレビで中継を見ていた春香は、堂々としたアレックスを見てニッコリと笑う。
今まで、雄太にお願いをしたり、調教師から是非と言われ、何頭もの馬と接する事が出来た。大人しい子、やんちゃな子、甘えん坊な子もいた。気位が高く見知らぬ人に触れさせる事をしない子もいた。
馬も人と同じで色んな性格の馬がいて、勉強をさせてもらうつもりで接してきた。
(アルは人懐こいけど、人に媚びている子じゃない。キリッとした気位の高さを感じたけど、見下してくる訳じゃない。何て言って良いか分からないけど……特別な感じがしたなぁ……。アル、頑張ってね)
凱央も画面の中のアレックスをジッと見ていた。
「アウ〜アウ〜」
「うん。アルとパパに頑張れしようね」
「ン」
ゾルテの勝負服カラーの白と緑のリボンで作ったポンポンをフリフリしながら、凱央はベビーチェアに座っていた。
ガシャンっ‼
ゲートが開くとスッと綺麗なスタートをきったアレックスは、ゆったりとした感じで中団につけた。
フルゲートではなかったのでゴチャついた感じはなかったが、一頭かかり気味で雄太は少し距離を取りながらアレックスのペースが乱れないようにしていた。
ガっガッガッとキックバックで芝や土が飛んできても、アレックスは動じる事なく、一周目のスタンド前を通過していった。
(アル、本当に堂々としてる……。落ち着いてるって言うより楽しそう)
悠々と走るアレックスに春香の視線が釘付けになる。
バーベキューをしていた時に、アレックスは競馬を理解しているようだと言っていたのが分かるような気がした。
(レースの事とか馬の走る時の事とか分からないけど……。確かにコントロールをしているのは騎手かも知れないけど……)
アレックスは確固たる意思を持っているのではないかと思えるように見える。見ているだけでドキドキと胸が高鳴った。
残り600メートルを過ぎると、雄太は外にアレックスを導き少しずつ前に出ていく。4コーナーを回り、直線コースに入るとアレックスは更に加速をする。
「雄太くんっ‼ アルっ‼ 頑張ってっ‼」
「パッパァ〜。アウ〜」
春香も凱央も目一杯声を張り上げて、ポンポンを思いっきり振りながら応援をする。
画面の中、アレックスは鬣をなびかせて、前へ前へと向かって駆けていく。
残り200を通過して壮絶な叩き合いの中、アレックスはグンッと前に出ると、そのまま他馬を突き放し、ゴール板を一着で駆け抜けた。
「やったな、アル。お疲れ」
ゆっくりとスピードを落としながら雄太はアレックスに声をかけながら、首をポンポンと叩いた。さすがに三千メートルを走り切り息は乱れているが、グッタリという感じはなかった。
「雄太、おめでとう」
「くぅ〜。強かったな」
先輩達から声がかけられると嬉しさが増す。
「ありがとうございます」
雄太自身、何度も重賞を勝ってきた。それでも、一レース一レース勝つ毎に勝てた喜びと騎手としての責任を果たせた安堵感で胸がいっぱいになる。
「アル、ありがとうな。絶対とは言えないけど、次もよろしく頼むな」
アレックスは任せろと言っているかのように嘶いた。




