583話
炭の残り火でリンゴを焼いたりしながら、雄太達はゆっくりと話していた。
「俺、雄太に訊こうって思ってた事があったんだよ」
「何を?」
「週末に雄太が乗るゾルテアレックスって馬の事。あれ、どんな感じだった?」
串に刺したマシュマロを炙っては、モシャモシャと食べていた純也が訊ねた。
「あぁ〜、あれか。八戦四勝で二着が三回の三着が一回だったよな? しかも前走は菊花賞一着だった」
「鈴掛さん、詳しいですね」
「そりゃな。俺も乗りたいって思ったからよぉ〜」
鈴掛は缶ビール片手に頷いている。梅野もニッコリと笑いながら頷く。
「乗り替わりの噂が出た時、ワンチャン俺に話が来ないかなぁ〜って期待してたぞぉ〜」
「俺もっす」
良い馬に乗りたいと思うのは皆同じだ。馬の所有者は馬主だ。騎手は乗せてもらうもの。良い騎乗をすると認めてもらわないと良い馬には乗せてもらえない。
良い馬に乗り勝つ為に、良い騎乗をし、勝ち鞍を積み上げていくのだ。それが良い馬に乗れる道となる。
「確かに良い馬だよ。体つきだけでなく、競馬に対する姿勢ってのが分かってるって感じがしたな。心肺機能も良いんだ。追い切りぐらいだとケロッとしてるし」
「へぇ〜。そうなんだぁ〜」
「五歳だろ? 上手くいけばしばらく乗らせてもらえるかもな」
「くぅ〜。うらやましいぜ」
馬やレースの話になると、いつものふざけた感じはなくなり、真剣な顔になる。そこはリーディングの上位争いをしている四人だ。
「そっかぁ〜。今度乗らせてもらう馬って、鈴掛さん達もうらやむ子なんだぁ〜」
春香がニコニコと雄太に笑いかける。
「は……春香……。まさか……?」
「んふふ。さすが雄太くん。お願いしてもらえると嬉しいな」
「……分かった。調教師に訊いてみるよ」
「ありがとう」
二人の会話を黙って聞いていた三人が、春香の言葉の意味を理解してゲラゲラと笑い出す。
「春香さん、ゾルテアレックスってイケメンなんだよぉ〜。レース以外だと人懐っこい子らしいし、春香さんと仲良くなれると思うなぁ〜」
「仲良くなりたいなぁ〜」
春香がニコニコと笑っているのは嬉しいのだが、雄太の中でカームの時のように嫉妬心が芽生える。
(……また舐められまくるんじゃ……。否、落ち着け。相手は馬だぞ、馬……。けどなぁ……)
アレックスの話に夢中になっていると、焼けたリンゴの匂いが鼻をくすぐった。
気づいた春香が焼きリンゴをトングで取り出しナイフで切り分けた。追加で加えたバターとシナモンの香りに純也の顔がほころぶ。
「春さん、これアップルパイの匂いっすか?」
「そうですね〜。凱央は少しあれば良いので、残りはお好きに召し上がってください。これ食べるとなると……ウイスキーとかブランデーも良いかもしれませんね」
春香の言葉に、酒好きの鈴掛がチラリと雄太を見る。言葉にしなくても、視線が雄弁に語っている。
「どっちが良いですか? ウイスキーもブランデーもありますよ?」
「……ブランデー頼めるか?」
雄太が忍び笑いをしながら室内に入り、ブランデーグラスとボトルを手に戻ってくる。グラスを鈴掛と梅野に渡すと、ニカッと笑う二人に春香がクスクスと笑っている。
「どうぞ」
「ワリィな」
「サンキュ、雄太」
雄太が真新しいボトルの封を切り、注いでいると鈴掛と梅野が目を細める。
「何か贅沢だよなぁ〜」
「ですねぇ〜」
薄暗くなったウッドデッキで、炭火のパチパチという音を聞きながら、のんびりと良い酒を傾ける。
日々、トレーニングや調教、レースという身体的にも精神的にも負荷がかかる生活をしていると、こういう時間が大事なのだとつくづく思うのだ。
(雄太が、夏冬関係なく、こう言うのやってるの分かる気がするなぁ……)
何度も使っていると分かるバーベキューコンロ。炭に火を着けるのも手慣れていた。
純也達は焼きリンゴを頬張りながら、色んな事があっても、雄太の心が折れる事なく進んでいけるのは、雄太自身の強さと春香と凱央との生活があってこそなのだと改めて思った。




