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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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579話


 トイレの個室にこもり、吐くに吐けずに苦しんだ雄太は、洗面台で顔を洗った。


(クソぉ……。まだ臭いが……ん? もしかしてっ⁉)


 クラクラするような臭いが鼻につくと思い袖を臭いだ。強烈な香水の臭いが服についていて、雄太は更に目眩めまいがした。


 借り物の衣装なら脱ぎ捨てていただろうが、着替えた後の服である上に、春香が気に入っているジャケットだったので、余計に腹が立った。


(ああ〜っ‼ もうっ‼ この臭いどうすんだよっ⁉)


 ジャケットを脱ぎ、パタパタと叩いている内に気持ちは落ち着いてきた。


(……どうしようもない……よな……。とにかく帰ろう……)


 吐き気と頭痛が治まった雄太は手荷物を引き取り、車で自宅へ向かった。




 自宅前に着くと春香と凱央が散歩をしていたのか歩いてくるのが見えた。


 雄太が車を停めて下りると、春香の顔が強張こわばり立ち止まった。


「春香……?」


 声をかけても春香は微動びどうだにせず、雄太をジッと見ていた。いつもなら、パパと呼ぶ凱央も顔をしかめている。


「凱央……?」


 ジッと雄太を見ていた春香は小さく溜め息を吐いた。


「……今日、収録だったんだよね……?」

「え? ああ。大阪で……」

「なら……どうして、そんなに香水の匂いがするの……?」

「えっ⁉ まだ匂いしてるっ⁉」


 さすがに匂いがついたジャケットを着たままは運転に集中出来ないからと脱いでいたのだが、シャツにも匂いがついているのに気がつかなかったのだ。


「……ここまで匂うよ……?」

「違うんだっ‼ これはっ‼」


 普段、香水を使っていないからこそ、春香は匂いに敏感だ。しかも、雄太は鼻が麻痺していたから分かりにくくなっていたのだ。


 春香は悲しそうな顔をして、手を繋いでいた凱央と共に門扉の中へ入った。


「ちょっ‼ 春香っ‼」

(ヤバいっ‼ 浮気を疑ってんじゃないのかっ⁉)


 慌てて車を駐車場に入れ、玄関に入った雄太は、着ていたシャツを脱ぎ、匂いを嗅いだ。


(クソっ‼ シャツにまでっ‼)


 階段下の物置からゴミ用のビニール袋を出して、ジャケットとシャツを入れてキツく縛る。


 地下に下りて着替えを持つと風呂場に向かった。


(どんだけ香水振りかけたら、あんなに臭いがするんだよっ⁉ 香水ってほんのり匂うのが良いんだろっ⁉ あんなのただの悪臭じゃないかっ‼)


 何度も何度も体を洗い、髪にもついている気がしてシャンプーをする。


(クソぉ〜っ‼ あの女っ‼ 二度と共演しないからなっ‼)


 匂いを完璧に落とした雄太は脱衣所を出て、先程縛ったビニール袋から臭いが漏れている気がして、もう一枚被せて縛った。


 リビングに入ると、春香はチラリと雄太を見たが近づきはしなかった。


「あの……な。さっきのは……」

「浮気相手の香水の匂い……?」

「絶対に違うからっ‼」

「ハァ……」


 深く深く溜め息を吐かれ、雄太の心臓はバクバクと早鐘を打つ。


「若い女の子だよね、よくバラエティに出てる……」

「え?」

「雄太くんがお風呂に入ってる間に、鮎川さんから電話があって、大体の事情は聞いたよ。雄太くんに香水の匂いがしてるけど浮気じゃないって。連絡先が書いてあるメモを握り潰して捨ててあったからって」


 雄太は全身の力が抜け、その場にヘナヘナと座り込んだ。春香は、雄太の傍に行き、コーヒー豆の入った瓶を差し出した。


「匂いで鼻がおかしくなったらコーヒー豆を嗅ぐと良いんだって」

「そう……なのか」


 コーヒー豆の匂いを嗅いでいると、麻痺していた鼻も気持ちも落ち着いた。


「ごめん。何か誤解させて」

「ううん。私も意地悪な事言っちゃってごめんね。嫌だなって思ったら、つい……」


 コーヒー豆の瓶を脇に置いて、春香を抱き締めた。


(鮎川さん、フォローありがとうございます……)


 春香もギュッと雄太を抱き締めた。


 雄太の浮気を本気で疑った訳じゃない。若い女の子相手のヤキモチだ。


(みっともないな、私……。もっと自信持てるようにならないと……)


 春香は申し訳なさで泣きそうになっていた。






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