578話
2月18日(月曜日)
大阪でのバラエティ番組の撮影があり、雄太は朝から出かけていた。
(バラエティかぁ……。あんまり好きになれないんだよなぁ……。競馬に興味もない女性タレントとか、何で居させるんだよぉ……)
ブツクサ言いながらも、今回は鮎川絡みだから断らずに受けたのだ。
毎回、なぜこの女性タレントをキャスティングしたのかと思うような事があった。競馬に興味がありそうでもないし、質問してもトンチンカンなのばかりで作り笑いを浮かべるのが精一杯だったりしたのだ。
(しかも、胸元を強調したような衣装着てたりするしさぁ……)
そんな事を考えていると、ノックの音が響き返事をするとドアが開いた。
「よっ。久し振り、鷹羽くん」
「鮎川さん」
雄太の楽屋に訪れた鮎川は、相変わらず強面なのに優しい笑顔を浮かべていた。
「今回は、春のG1シリーズに向けての意気込みとか聞かせてもらうから」
「はい」
「それで、嬢ちゃんは元気かい?」
「ええ。鮎川さんによろしくと言ってました」
和やかに鮎川と話していると、プロデューサーの男性も楽屋に挨拶に訪れた。
台本を見ながら、細かい打ち合わせをして雄太はスタジオに向かった。
雄太が獲った春のG1シリーズの過去の映像を流し、今回のG1シリーズへの意気込みなどを話したりした。
女性タレントから質問をされたりする事もなく、収録はスムーズに済んだ。
(良かった……。てか、あの女性タレント達は何の為に居たんだ?)
複数人の女性タレント達は、派手な化粧をして胸元を強調した衣装やミニスカートで座っていて、時折笑っていただけだった。
(ま、良いっか。テレビ局的には華やかにしたいって事だったんだろうしな。俺に関わってこなきゃ、誰をキャスティングしてようがどうでも良いし)
デリバリーなのか差し入れされたコーヒーを飲み干し、そろそろ帰ろうと考えていた時、ノックが響いた。
「はい」
雄太が返事をすると、少しドアが開いた。
(クッサっ‼)
顔を覗かせたのは女性だった。
「鷹羽さん、先程はお疲れ様でしたぁ〜。あの……写真をご一緒出来ますぅ〜?」
(誰だよっ⁉ ……先程って言ったか? じゃあ、収録現場に居た……?)
元が分からなくなるぐらいに化粧をした女性やけばげばしい女性に全く興味がない雄太には、訪ねてきた女性に見覚えがなかった。
(覚えなんてないんだけどっ‼ てか、何だよ、この臭気はっ⁉ 楽屋の前で、誰か香水の瓶を割ったのかっ⁉ 頭が……クラクラして……きた……。気持ち悪い……、吐きそう……)
それでも、何とか笑顔を貼り付けていると、女性はドアを開けて楽屋に入り込んできた。
「収録中は、全く話せなかったてすよねぇ〜」
「……え、あ……そうですね……」
鼻にかかった甘えるような声で話しかけてくるが、雄太は口呼吸でなんとか凌ごうとしていた。
(は……早く用事を済ませてくれ……。何だっけ……? 写真とか言ってたような……)
そこに、朝に打ち合わせをしたプロデューサーが訪れた。
「鷹羽さん、お疲れ様でした。サインいただけますか?」
プロデューサーは女性の臭気を気にする事もなくサインをと申し出た。
「あ……はい」
(この臭い、この人は気にならないのかっ⁉)
何もないかのように色紙を差し出しているプロデューサーの鼻が詰まっているのかと思った。
「プロデューサーぁ〜。鷹羽さんと写真を撮ってぇ〜」
「ん? ああ、分かった」
(もう何でも良いから早くっ‼ 俺の鼻がもげる前にっ‼)
体を密着させ、胸を押しつけられると吐き気は我慢の限界を向かえていた。
「ありがとうございますぅ〜。これ、連絡先ですぅ〜。いつでも、かけてきてくださいね? 待ってますぅ〜」
そっと雄太の耳元で囁きながら手に紙切れを握らされた。そして、プロデューサーにサインをすると、ようやく解放された雄太は膝から崩れ落ちた。
(ヤバ……。マジ吐きそう……)
フラフラする体を引きずるようにしながら、雄太はトイレに駆け込んだ。




