575話
雄太と春香は、墓石の前で深く深く頭を下げた。
すると、またフワリと温かい風が吹いてきて、三人の頭を優しく撫でていった。
「おばあちゃん、また皆でくるね」
春香が手を振ると、凱央も手を振っていた。
ゆっくり歩き出しながら、ふと先程の凱央の行動を思い出した。
(もしかして、凱央にはおばあさんが見えたのかな? ん〜、まさかな? けど……俺も聞いたはずのないおばあさんの声が聞こえた気がしたけど……)
雄太は霊的なものを見た事はない。信じているかいないかと訊かれたら答えに困るかも知れない。
歩きながら、ふと振り返ってみる。たくさんの墓石が並ぶ墓地で、春香の祖母が眠る場所だけが明るい気がした。
(また来ますね。春香と曾孫の凱央を見守ってやってください)
花束の白いリボンが手を振っているかのようにヒラヒラと揺れていた。
「昼飯の前に、海のほうに行ってみようか?」
「うん。海、久し振りだし」
目を真っ赤にしてはいたが、春香は幸せそうに笑った。雄太は連れてきてやれて良かったと心からホッとする。
車まで後少しと言う所で凱央が雄太の顔を見上げて大きな声を出した。
「パッパァ〜。ンマンマンマァ〜」
「……凱央は腹が減ったみたいだな」
「そうみたいだね」
二人で顔を見合わせて笑う。
「先に昼飯にしよう。それから、海を見て……」
「ンマンマンマァ〜っ‼」
「分かった、分かった」
雄太がチャイルドシートに乗せ、ベルトを固定している間も凱央はペチペチと雄太の手を叩いている。
「激しい催促だな。もう少し我慢してくれ」
苦笑いを浮かべながら、雄太は車を出し久し振りのファミレスへと向かった。凱央を連れていれば、雄太がケチだと思われないだろうという春香の提案だった。
久し振りのファミレスに春香はニコニコとしていた。凱央はお子様ランチに目を輝かせ満足したようだ。
「ねぇ、雄太くん」
「ん?」
「おばあちゃんにたくさん話をしてくれてありがとう」
「あぁ。何だろな。家を出る時も墓に着いた時も、何か話そうとか考えてた訳じゃないんだ。もし、おばあさんが生きていらしたら結婚の挨拶出来ただろうなって思ったら、自然に口から出たって感じだな」
目の前に広がる海から聞こえる波音と雄太の優しい声が春香の心の中にあった『長年墓参りも出来ず申し訳ない』という思いを和らげていく。
「うん。おばあちゃんに会って欲しかったし、格好良い雄太くんを見てもらって自慢したかったよ」
「俺は、春香のウェディングドレス姿を見てもらいたかったぞ?」
「あは。大きなお腹でのウェディングドレスだったけどね。それとね、凱央を抱っこして欲しかったなって思うの。でも、きっといつでも見守ってくれてた気がするんだぁ……」
「そうだな」
身動きすら取れないのではないかと思うぐらいに重い春香の過去を、ほんの少しでも軽く出来ないかと悩んでいた頃を思い出す。
(おばあさんの墓参りが出来て、また少し軽くしてやれたかな? 全部を軽くしてやる事は無理かも知れないけど、それでも俺が出来る精一杯で軽くしていってやろう)
一つ一つ、春香は過去を過去としてきた。それは、雄太が傍にいて手を繋いでくれていてくれるからだと、春香は思っていた。
「パッパァ〜」
「な……何だ? まさか、もう腹が減ったとか言うんじゃないだろうな?」
雄太に抱かれていた凱央が、今度は空に向かって手を伸ばしていた。
「へ? ……まさか、海鳥を捕まえろとか言うつもりじゃないだろうな?」
「ン」
大きく頷く凱央の無茶振りに雄太の目が真ん丸になる。春香は思いっきり吹き出した。
「凱央ぉ……。パパは空は飛べないんだぞ?」
「ウ?」
直ぐそこに見えても捕まえられない。それは、雄太にとっていくつもあるG1に思えた。
(まだまだ獲れてないG1がいっぱいだよな。いつか、G1制覇したい。春香が『またコレクションルームを拡張しなきゃ』って悩むぐらいに)
雄太はそんな思いを込めながら、春香の手をギュッと握った。




