574話
翌朝、出かける準備を終えた三人は高速を使い神戸へと向かった。
(……盗聴器の話、いつしようか……)
バックミラーで春香が凱央に手遊びをしているのを見ると、話さなくてはという決心が鈍る。
(とりあえず今日は墓参りだな……。うん。余計な事は言わず、ちゃんとさせてやろう。春香の念願だったからな)
どんどんと神戸に近づき、春香の顔が悲しそうにも緊張しているようにも見える。
(ん……。こんなに話しが弾まないとはな)
初めて訪ねる場所だとあれこれ色んな話をするのがいつもの二人なのに、今日は途切れ途切れになってしまっていた。
(お墓参りなのに、なんで緊張するんだろ……。おばあちゃん……、ずっとお参り出来なかった私の事、怒ってない……?)
都会と山と海がある街神戸。雄太も春香も観光に来た事はないが、オシャレなイメージは持っていた。
だが、今日の二人は『今度、デートしたいね』と言う前向きなセリフは出なかった。
「んと……こっちだな」
「うん」
山手に向かい、墓地への看板が確認出来た。
(ここか……)
雄太は駐車場に車を停めて、凱央をチャイルドシートから下ろすと、春香はグルリと周りを見回した。そして、メモを見ながらゆっくりと歩き出す。
「えっと……ここの三つ目……。あ……」
春香が足を止めた墓石の前には綺麗な花が生けてあった。春香は持ってきた花束を震える手で供えた。
「おばあちゃん……。春香だよ。来るの遅くなってごめんね……」
春香の頬に涙が伝う。その涙を拭う事なく、春香はそっと墓石を撫でた。
小さな頃から春香を撫でてくれていた祖母の優しい手を思い出す。
「初めまして、鷹羽雄太です。春香の夫です。この子は俺と春香の子供です」
凱央を抱いた雄太は、墓石に話しかけた。春香は膝をついて顔を覆っている。
たくさん話したい事があった。だが、胸がいっぱいで言葉にならなかったのだ。
「春香を幼い頃から大切にしてくださっていた話は聞いていました。おばあさんが、春香を育ててくださってなかったら、今春香はここに居なかったでしょう。俺も出会う事はなかったかも知れないです。そうしたら、ここに凱央は居なかった……。本当に、ありがとうございました」
真冬の山間にある墓地。冷たい風が吹いているのに、雄太達の周りは寒気が和らいでいる感じがした。
「墓参りをしたいと……、春香は一生懸命にここを教えてもらおうとしていました。俺は何も出来なかったですが、これからは折につけ参らせていただきます」
シンと静まりかえった墓地に雄太の真剣な声と春香の嗚咽が聞こえている。
ザザザーっと風が吹いて、それまで黙っていた凱央がスッと手を墓石のほうに伸ばした。
「バァ〜」
「え?」
雄太は凱央の顔を見詰めた。春香も顔を上げて凱央を見た。
凱央の視線は墓石の少し上を見ながら、小さな手を一生懸命に伸ばしている。
「バァ〜」
「凱央……。もしかして……」
「バァ〜」
春香は、凱央の視線の先を追った。そこにあったのは、綺麗な御影石の墓石だけ。だが、凱央は一生懸命に呼びかけている。
「おばあちゃん……。そこに居るの……? あのね、おばあちゃん。私……、私ね……。今、とっても幸せなんだよ。大好きな大好きな男性と出会って、大切な大切な宝物を授かったの。たくさんの優しい人達が傍にいてくれるんだよ。友達も出来たんだよ。だからね……。だから安心してね、おばあちゃん……」
止めどなく溢れる涙を流しながら、春香は笑っていた。
祖母と過ごせた時間はそんなに多くはなかったが、それでも春香の基礎となる人格を形成した大切な時間だったのだと雄太は思いながら、墓石を見詰めた。
「おばあちゃん、本当にありがとう。大好きだよ」
その時、春のような温かい風がフワリと吹いた。
『春香。幸せになれて良かったね』
「おばあちゃん……?」
「え? 今……」
見えるはずもなく、言葉を交わせる訳もない祖母の温かく優しい気持ちが三人を包んでいるような気がした。




