571話
翌日の調教終わりに、雄太は寮の梅野の部屋を訪ねた。
春香には、騎手仲間での夕食会に参加するから帰りは遅くなると昨夜の内に伝えていた。
犯人のつけた指紋が消えないようにする為に触るなと言われ、梅野の差し出した紙袋を覗き込んで雄太は目を見開いた。
「これが……盗聴器……」
「俺の地元の友達の兄貴がこう言うのを探し出す専門家がいて、電話して訊いたら、盗聴器って簡単に手に入るらしい……」
「そう……なんですね……」
座り込んだ雄太はバリバリと頭を掻いた。
「こんなのが送り付けられるなんて……想像もしてなかった……」
「まぁ……な。俺も正直まさかって思ったし……な」
眉間に皺を寄せた梅野は、紙袋を閉じて部屋の隅に置いた。雄太は顔を上げて真っ直ぐに梅野を見る。
「……とりあえず、上のほうに報告をして……警察に行って被害届を……」
「そのほうが良いと思うぞ」
「はい……」
もし、この盗聴器付きのルームランプを春香の部屋に置いていたら、春香とのプライベートな話が聞かれていたかも知れないと思うと怒りが込み上げてくる。
普段の春香と凱央の会話だけでも嫌だと思うし、レースが終わった日曜日は春香の部屋でマッサージを受けたりしていて、金曜日から日曜日の話をしたり、そのままエッチをする日もあるのだ。
リビングに置いてたら電話での騎乗依頼の話も聞かれる事もある。
どこに置いておこうが、雄太と家族のプライベートを覗き見するような行動に吐き気がした。
「警察には俺と純也もついて行く。純也の指紋だけでなく、俺も触ったからな」
「はい」
梅野は紙袋を手にして立ち上がる。苛ついている雄太の背中をポンと叩いた。
「え?」
「ムカつくのは分かるが、少しだけで良いから冷静になれ。これを送ってきた奴を探し出して捕まえるには、まだまだ先は長いんだ」
「はい……」
雄太は大きく深呼吸をして、純也と梅野を伴って事務局に行き事情を説明した。
事務局は事を大きく捉えて、職員の一人と一緒に草津警察署へ向かった。
送り状は既に廃棄してあったから送り主は分からない。そもそも、本当の住所や名前を書いているとも思えなかったが、実際に盗聴器があるからと被害届を提出した。
これまで送られてきた物の中にも盗聴器があったかも知れないという事を含め、調べると言ってもらえた。
「この盗聴器が壊れた可能性を考え、また送ってくる可能性もありますから、怪しい物が届いたら連絡をください」
「分かりました。よろしくお願いします」
被害届と今後の対処についてしっかりと話をした雄太は、純也と梅野を寮に送り届け自宅に戻った。
かなり時間を喰ってしまったので、自宅に戻った時は春香と凱央は眠っていた。
風呂に入り、地下の寝室に行きベッドに倒れ込むと、また怒りが湧き上がってきた。
(誰が何の為に……っ‼)
握った拳が震える。誰とも知れない盗聴犯にぶつけたい怒りを込めてベッドを殴りつけた。
『送り状に嘘を書いても、送った場所が分かれば防犯カメラに犯人が映っているか確認が出来ます。各競馬場、トレセンにも鷹羽雄太宛の荷物が届いたら連絡をくれるように。送り状は破棄しないでください』
警官が説明してくれた事を事務局職員はしっかりメモを取り、更に上に報告すると言ってくれた。
(今後一切プレゼントは受け取りたくないって言っておけば良かったかな……。もう、こんな事で時間を浪費したくない……。トレーニングの時間や家族との時間をこれ以上減らされたらたまんないぞ……)
自宅にも荷物は届く事がある。その為に、盗聴器の話を春香にしなくてはならなくなった。
(春香……。ショック受けるだろうな……。ゴメンな……)
ようやくハーティファンからの嫌がらせが落ち着いたというのに、また悩ませる事になってしまった罪悪感で胃が痛くなってくる。
(とにかく寝よう……。明日も早いんだ……)
眠れるかどうか分からないが、とにかく目を閉じて寝る努力をする。何度も何度も途中覚醒をしてしまい寝不足で朝を向かえた。




