570話
翌日、調教終わりに純也は雄太を探してトレセン内を歩いていた。
(ん〜? いつもはどこかしらで会えるのに、今日に限って会えないんだよなぁ〜)
辰野厩舎でも、騎乗依頼をもらったと聞いていた厩舎にも雄太の姿はない。
(あ、今日は取材って言ってたっけ? 取材ならスタンドだよな)
純也はスタンドへ向かって走り出した。スタンドに上がると、雄太は記者やカメラマンに囲まれて取材を受けていた。
(ん〜。取材が終わるまで待つか……。人がいるところで盗聴器の話なんて出来ねぇもんな)
仕方なく、隅っこの長椅子に腰掛けて雄太の取材が終わるのを待っていた。
そこに、取材スタッフの一人が近寄ってきた。
「塩崎騎手、お時間があれば取材をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「へ? 俺?」
「はい。鷹羽騎手と一緒にきさらぎ賞に出場されるんですよね?」
初重賞に向けてだったり、初重賞を捕れた時など取材を受けてきたが、今日は何か違うと思ってしまった。
「……もしかしてさ、おっ……慎一郎調教師との親子制覇が済んだから、親友対決……って言うのやりたい訳?」
「え? あ、まぁ……」
『雄太のオマケ』と言われた気がして、少し意地悪な言い方をしてしまった。
お調子者の純也にもプライドはある。苛つきが伝わったのか、スタッフの顔が強張る。
「あ、悪いっすね。俺、ちょい用事思い出したんで、また」
「あ、はい」
純也は会釈してスタンドから離れた。
(雄太が注目されんのは当たり前だって思ってる……。おっちゃんの息子だし、G1連続して獲ったりしてるしさ……。俺、まだG1獲れてねぇし、雄太の隣に立っても比較されるだけじゃねぇかよ……。オマケ扱いされんのは、やっぱ癪に触る……)
純也にとって、雄太は自慢の親友だ。どれだけ活躍しても、昔と変わらずに一緒にいて、軽口が叩けてバカ話を出来る唯一無二の存在だ。
(これも嫉妬って言うのかなぁ……? 嫉妬とは、ちょい違うか)
あれこれ考えながら歩いてると、考えが堂々巡りを始める。
(けどな……。今までだって雄太と一緒のレースは出てたし、その時は何もなかったじゃねぇかよ……。それなのに……よぉ……。今日のは、ついでだろ? 冗談じゃねぇぞ)
「ソル。何をブツクサ言いながら歩いてんだよ?」
「のおっ⁉」
いきなり後ろから声をかけられ、純也は傍にあった木にしがみついた。
「……蝉の真似? コアラか?」
「ちげぇよっ‼」
木にしがみついてる純也を雄太は不思議そうな顔をしながら見ている。そんな雄太を見ると、今まで考えていた事がバカバカしく思えて来てしまった。
(何考えてたんだか……。雄太が悪い訳じゃねぇしな。マスコミに振り回されてんじゃねぇよ、俺)
フゥと息を吐いて、木から離れる。
「雄太に話しとかなきゃなんねぇ事があったんだよ」
「へ? 何?」
「あのさ、落ち着いて聞いてくれよな」
「へ? あ、うん」
純也は周りを見回して誰もいないのを確認して、昨日のルームランプについていた盗聴器の話をした。
「……マジ……かよ……」
一瞬にして、雄太の顔が険しくなった。
(そりゃそうだよな……。盗聴器なんてプライバシーの侵害だもんな……。しかも、春さんにも影響ありそうな話だし……)
雄太にすれば、自分の事よりも春香の事を考えているのだろう。怒りの表情を見ていると分かってしまう。
「とりあえず、物は梅野さんが預かってくれてるんだ。被害届を出すならって事で、バラした状態だけど、部品は全部揃ってる」
「……分かった。今日はもう遅いし、明日の調教終わりに寮に行くって梅野さんに伝えておいてくれるか?」
「分かった」
雄太は眉間に皺を寄せながら息を吐いた。
(駄目だ……。とりあえず春香に知られないようにしよう……。気持ちを切り替えろ、俺)
純也は雄太の気持ちが手に取るように分かってしまった。
(やっぱ、春さんの事を考えてるよな……)
難しい問題だと思うが考えても答えは出ないと思う二人はトレセンを後にした。




