569話
2月3日のG3東京新聞杯で雄太が一着で、二着が純也という初めてのワンツーだった。
「あぁ〜っ‼ もう少しだったのになっ‼」
「フフ〜ン。そう簡単には抜かせてやらないっての」
「なぁにおぉ〜っ‼ 次は俺の背中を見せてやるぜっ‼」
「望むところだ」
「ムキィ〜ッ‼」
調整ルームの片付けをしながらジャレ合う二人を、開け放ったドアからチラチラ覗いて笑っている騎手仲間という図はいつもと同じだ。
「んじゃ、帰ろうっか」
「うっす」
雄太と純也は、他愛もない会話をしながら新幹線の駅へと向かうタクシーに乗り込んだ。
翌日、純也は梅野の部屋で深刻な顔をしていた。
「ん……。これは……盗聴器……だな」
「マジっすか……」
二人の目の前にあるのはバラされたルームランプ。純也が雄太から譲ってもらった物だ。
「何で……盗聴器なんかが……」
純也の手は微かに震えていた。
数時間前……。
「んん……。あ〜、腹減ったぁ……」
空腹という純也ならではの目覚まし時計で目が覚めた純也は、テレビの横に置いておいたルームランプが不規則にチカチカと点滅している事に気がついた。
「あれ? 壊れたのかぁ? もらったばっかなのに……」
コンセントを抜いて挿し直しても点滅は収まらなかった。
「あぁ〜。仕方ねぇな。とりあえず飯食ってから考えよっと」
もう一度、コンセントを抜いて放置すると純也は食堂に向かった。
優雅にコーヒーを飲んでいる梅野の前に盆を置いて座る。
「梅野さん、ルームランプって何ゴミっすか?」
「ルームランプぅ〜?」
「この前、雄太にもらった奴なんすけど、壊れたみたいで、点いたり消えたりするんすよ」
「ん〜。接触不良っぽいなぁ〜。そんぐらいなら直せるから見てやるよぉ〜」
「マジっすか? んじゃ、お願いするっす」
朝食を食べ終わった純也はルームランプを手に梅野の部屋に向かったのだ。
「……これって、俺の部屋が盗聴されてたって事っすか……?」
「否、盗聴出来る範囲って、そんなに広くないんだ……。せいぜい百メートルぐらいじゃないか?」
「んじゃ、盗聴犯は近くにいるんすか?」
「これ、雄太にもらったんだろ? って事は、犯人は雄太の家の近くで聴いてるんだ。目的はお前じゃない」
真面目な顔をした梅野は、雄太の家のほうに視線を向けた。純也は青ざめた顔をして盗聴器をジッと見ている。
「……雄太ん家を盗聴してる奴が……。俺、雄太ん家に行ってくるっす」
「待て。春香さんに聞かせるな」
「あ……」
雄太の家に行き内緒で話をする事はない。呼び出すにしても、理由が要る。
「今もこれ使えてるんすか……?」
「これはコンセントから電源を引いてるから、今は大丈夫だ」
少しホッとした純也は、成り行きとは言え、このルームランプが雄太の家で使われてなくて良かったと思った。
「とりあえず、これは盗聴って犯罪の証拠だ」
「……そうっすね……」
梅野はコーヒーショップの紙袋を取り出して、ルームランプを入れた。
「明日、雄太に話してみるっす」
「あぁ。まぁ、被害届は出したほうが良い事だな」
「……うっす」
梅野は、今まで見た事がないぐらいの険しい顔をしていた。
(全く……。出来心でとかじゃ済まない話だぞ……。俺は部屋で騎乗依頼の話とかしないけど、雄太ん家のリビングだったら……。否、寝室とかだったら……考えたくないな……)
どこの誰が贈った物かは分からないが、雄太の仕事の情報かプライベートな会話などを盗聴するつもりだったのは想像が出来る。
(とにかく……俺も気をつけないとな……)
梅野は、今までプレゼントされた物で怪しい物はなかったかと部屋の中を見回した。
「まぁ、言うまでもないが、この事は他言無用だぞ? 誰が春香さんの耳に入れるか分からないからな?」
「でも、他の人も同じような事があったら……」
「被害届を出したら、上のほうから注意喚起されるから大丈夫だ」
「あ、そっか」
純也は、梅野の部屋を後にして、自分の部屋の中を確認しまくった。




