566話
1月27日日曜日、東京競馬場で開催されたG3のデイリー杯クイーンカップで、今年の重賞一つ目を獲る事が出来た。
同日、京都競馬場で開催されたG3京都牝馬特別では純也が優勝をした。
新幹線に乗る前に電話をした雄太に、春香はウキウキと話す。
『雄太くんの重賞勝利もだけど、塩崎さんの重賞勝利もお祝いしたいね』
「あ〜。そうだな。最近、ソルの重賞勝利祝い出来てなかったもんな」
『うん。何が良いか訊いておいてね?』
「分かった。んじゃ、後でな」
『うん。雄太くん、大好き』
抱き締めながら言われる『雄太くん、大好き』も、雄太的には良いのだが、電話で言われる事も好きなのだ。
ついニヘラと笑っていると、新幹線の到着のアナウンスが聞こえてきた。
「後で、いっぱい言うからな」
『うん』
数時間後には会えるのに名残惜しくなるのだから困ったものである。それは、雄太が電話を終えるのを待っていた鈴掛も思っているようだ。
「帰ってからイチャイチャすりゃ良いのに」
ニヤリと笑われ、雄太は照れ笑いを浮かべた。
「東京から帰る時って、あんまりイチャイチャ出来ないんですよ。帰ってからゆっくり話したくても、凱央が眠そうにしてると春香はかかりっきりになるし、俺も生活リズムを狂わせたくないからあまり遅くならないようにしたいし」
「あ〜。凱央って、もう生活リズムがしっかりしてるんだっけか?」
指定席に並んで座りながら、鈴掛が手にしていた缶ビールを開ける。雄太は温かい缶コーヒーを両手ではさんで冷えた手を温めている。
「夜ふかししたりもほとんどないって感じですね。少し昼寝が長いと寝る時間がズレたりする時もありますけど」
「それは、春香ちゃん的にも良いよな。俺達って、どうしても朝が早いだろう? 春香ちゃん、しっかり起きて朝飯作ってくれてるしな」
「ええ。朝をコーヒーだけにすると調教の時に力が入らないから、俺は朝飯をしっかりとりたいって思うほうだから、ありがたいんですよね」
騎手仲間の中には、朝食はコーヒーだけと言う人もいるが、雄太は体を動かす仕事だからとしっかり朝食を取っていた。
「まぁ、な。俺も軽くでも食わないと腹減って力が出なくなるしな。純也みたいにガッツリ食ってる奴は珍しいだろうけどさ」
「あいつ、前に泊まりに来た時に、朝飯ガッツリ食って、残った中華おこわをおにぎりにしてもらってましたよ。で、トレセンに着くまでに食い尽くしてましたね」
少量でも腹持ちが良いと春香がよく作ってくれる餅米を使った中華おこわは雄太の好物であるのだが、純也は朝食に山盛り三杯食べていたのだ。
充分腹は膨れたはずなのに、残りをおにぎりにしてもらい、美味しそうにパクついていた。
「あいつ、完璧に春香ちゃんに餌付けされてるな……」
「ですねぇ〜」
鈴掛がニヤリと笑うと雄太もつられて笑った。
「ブェ〜ックシッ‼」
寮の食堂で、純也は派手なクシャミをしていた。
「純也ぁ〜。うるさいぞぉ〜」
「すんません。あ〜。可愛い女の子が俺の噂でもしてるのかなぁ〜」
純也のセリフを聞いて、梅野が目が点になり固まった。
「なんすか?」
「いや、お前は幸せな奴だと思ってぇ〜」
梅野はフフンと笑って食後のコーヒーを飲んでいる。純也は、山盛りの丼飯を目の前にしてジッと見つめる。
「どうしたんだよぉ〜?」
「せっかくG3勝ったんだし、焼き肉でも行けば良かったかなって思って」
「あ〜、そうだなぁ〜。まぁ、あっちでは雄太も勝ったし、プチ祝勝会でもするかぁ〜?」
「おぉ〜。それ良いっすね」
純也はニコニコと笑いながら、生姜焼き定食を食べ進める。
(何が良いだろ……? ソルが喜びそうなのかぁ……。あいつなら『クリスマスイヴに特上寿司と近江牛のすき焼きガッツリ食ったけど、また肉が食いたいっ‼』って言うかなぁ? あいつ肉好きだしなぁ……。真冬にバーベキューとか……? 否、真冬だぞ? まさか言わないよな? バーベキューって……)
雄太が一生懸命に考えているとは、全く思ってもいない純也だった。




