565話
初詣に向かう車の中で、チャイルドシートに座った凱央は、大事そうに靴を抱えていた。
「初めて靴を履いたのに、全然嫌がらなかったね〜」
「そうだな」
雄太は元に戻らなくなるんじゃないかと思うぐらいに目尻が下がりまくった二人を思い出しては、笑いが止まらなくなる。
「雄太くん、さっきから笑い過ぎだよ?」
「だってさ、凱央を目の前にした時の父さんって、普段の調教師の顔と違い過ぎて……プッ」
雄太に笑い過ぎと言いながら、春香もニコニコとしていた。
思い出していたのは、たびたび凱央が寝ているところを覗きに来ていた姿だ。
音を立てて凱央を起こしはしないかと恐る恐る襖をそぉ〜っと開けて、凱央の寝顔を見ている姿は雄太にそっくりだった。
「確かに、『ジィ〜』って言われたお義父さんのデレっぷりは普段とは違い過ぎって言うのは分かるけど、雄太くんだって同じだからね?」
「え゙……。俺、あんな感じ……?」
「うん。初めて『パパ』って言われた時、デレデレだったしウルウルしてたよ?」
雄太が固まる。春香が不思議そうな顔をして訊ねる。
「自覚なかった?」
「……全然……」
「ものスゴぉ〜〜〜〜〜くデレデレだったよ?」
「うぉ〜っ⁉ メチャ恥ずかしいから、もう言わないでくれぇ……」
悶えるようにしながら、雄太は神社の駐車場に車を停めた。
クスクスと笑っている春香はチャイルドシートのベルトを外し、凱央を抱き上げる。
「凱央、おいで〜」
「ン」
凱央は靴を持ったまま両手を差し出す。
「凱央、お靴は置いていこうね」
「ウ?」
春香が手を差し出すと靴を手渡した。もし落としてしまったら、せっかくの慎一郎と理保のお年玉が台無しになる。
「凱央、パパにくるか?」
「ン」
車から下りた雄太が凱央に手を出すと春香の腕から雄太へと移る。
「まだ人が多いな。あ、春香。足元、気をつけろよ?」
「うん」
今日の春香は、挨拶周りという事もあり、ワンピースを着てパンプスを履いている。雄太関係で改まった場所に出る事も増えたが、履き慣れてないというのが正直なところだ。
凱央と出歩く事も多い為、普段はスニーカーや踵が低いブーツが多い。石段や砂利の所が多いからと、雄太は片手で凱央を抱き、片手は春香の手を握った。
ゆっくり境内に入ると、雄太に抱っこされながら、凱央は前方を指さして体を揺らした。
「パッパ。ウ〜ウ〜」
「馬?」
「あれはお馬さんじゃなくて羊さんだよ」
「ウ?」
春香が凱央の指さしているほうを見ると大きな絵馬が飾られていた。周りが薄暗くなっている事もあるからだろう。凱央には馬に見えたようだ。
「馬は、あっちだ。後で見に行こうな」
「ン」
何人か雄太の知り合いの競馬関係者と会う。新年の挨拶を交わし、そこでも凱央は愛想を振りまいていた。
(凱央って、私とは正反対の性格だなぁ〜。初めて会う人でも全然平気だし)
春香自身の幼児期の話は誰からも聞いた事がない。祖母も、日々の生活が精一杯だったのか、幼児期の話などは聞かせてはくれなかった。
だが、自分の性格を意識した頃には、人見知りで人との関わりが薄かったような気がしていた。
実際は、実親が周りに迷惑をかけていたから、距離を置かれていただけだったのだが。
「凱央、神様にご挨拶だよ」
春香が手を合せて見せると、凱央も両手を合せてチョコンと頭を下げる。
(今年もよろしくお願いいたします。雄太くんと凱央をお護りください)
雄太の無事と凱央の健やかな成長を祈る。春香の願いは、それしかない。
(今年も精一杯頑張ります。春香と凱央を護ってやってください)
雄太は、様々な出来事がある事から春香と凱央を護って欲しいと心の底から思う。
加太淡島神社でも春香を護って欲しいと祈った。
留守にする事が多い仕事柄、祈るしか出来ないのだ。
「さてと、早く帰って明日に備えなきゃな」
「うん。明日からお仕事だもんね」
「ああ」
1991年が良き一年となるように、二人の思いは一つであり、お互いを思っていた。




