21章 新しい馬との出会いと行く道 563話
1991年1月1日
雄太達はお世話になった調教師宅へ挨拶周りをしていた。
どこのお宅へお邪魔しても、凱央は愛想を振り撒き調教師だけでなく、奥様方をメロメロにしていた。
次のお宅へと向かいながら、雄太はバックミラーに映る春香に話しかける。
「春香、疲れてないか?」
「大丈夫だよ。凱央と遊んでるだけでも体力ついたんだからぁ〜」
純也と遊んでいた凱央を思い出すと、普段遊んでいる春香は体力がついただろうなと思う。
「マッマァ……」
「なぁに? あ……。雄太くん、凱央が疲れたみたい」
チャイルドシートに座っている凱央が目をクシクシと擦っている。春香は、ショールを布団代わりにかけてやる。
「あ〜。朝から連れ回してるからなぁ……。家に戻って寝かせようか?」
「ん〜。雄太くんの御実家で寝かせちゃ駄目かな?」
「え? あ、そうだな。実家にも挨拶行くって言ってあるし」
「うん。私は御実家で待ってるね」
春香が話しながら、凱央をトントンとしていると、大きな欠伸をした凱央はスースーと寝息を立て始める。
「春香と凱央が来ないってなると、父さんが拗そうだしな」
「あはは。お義父さんに待ってるって思ってもらえるの嬉しいよ」
「俺より、春香と凱央なんだからなぁ〜」
「雄太くんとは、お仕事でも会ってるからだよ〜」
騎乗依頼をもらったり、調教する時には慎一郎とは調教師と騎手としてでも会っている。
顔を合わせなければ淋しいと慎一郎は思ってはいないと雄太は思っているが、本当のところはどうなのかは分からない。
(淋しいなんて思ってないだろうな、父さんは。母さんは、少しは淋しがってるかもだけどな)
自宅への道を通り過ぎ、実家のほうへと向かう。坂道の手前で、実家方向から車が下りてくるのが見えて車を手前で停めて待っていた。
運転手の雄太に気づき、手を軽く挙げたのは先輩騎手だ。慎一郎宅に挨拶に来ていたのだろう。雄太が会釈をすると、坂道を下りきり右手方向へと去って行った。
雄太が坂道を登り、開け放ってあるゲートの奥へと車を進め停車させる。
「凱央、爆睡だな」
「しばらく起きないかもね」
車から出た雄太は先に家に入り、理保に凱央が寝入ったから和室を使いたいと言った。
「じゃあ、お布団持って来てあげるわ。春香さん、呼んできてあげなさい」
「ありがとう、母さん」
雄太が春香と凱央を連れて和室に戻り、理保が敷いてくれた布団に凱央を寝かせる。チャイルドシートから室内に移動させても、疲れきった凱央は起きずにスヤスヤと眠っている。
「じゃあ、後少し行ってくるからな」
「うん、気をつけていってらっしゃい」
雄太が引き続き挨拶周りに行くと、客足が途絶えた隙間を狙って慎一郎が和室へとやってくる。
「お義父さん、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
「ああ、おめでとう。凱央の寝顔は可愛いな」
挨拶もソコソコに、凱央の寝顔を見て慎一郎はニマニマと笑う。
しばらくすると玄関の呼び鈴が鳴り、理保が玄関に向かうと慎一郎は渋い顔をする。
「はぁ……。またか」
ホゥと溜め息を吐く慎一郎に春香は忍び笑いをする。
渋々、応接間に慎一郎が向かい、お茶を出し終わった理保が和室に顔を出した。
「お義母さん、お手伝いします」
「良いのよ。もう、凱央は歩けちゃうんだし、もし目を覚まして歩いて何かあったら大変だわ。春香さんは凱央を見ていてあげてちょうだい」
「あ……。そうですね」
慎一郎宅は、段差が多い。ヨチヨチ歩きの凱央が躓いたりしないとも限らない。
「あ、これお年賀です」
「あら、ありがとう。じゃあ、ゆっくりしてらっしゃい。普段、忙しくしてるんだから」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
理保は優しい笑顔を浮かべると、春香の差し出した年賀の箱を手に忙しく和室を出ていった。
訪問客が帰るたびに和室を覗きにくる慎一郎と、訪問客がくるたびに慎一郎を引きずって応接間に行く理保の姿に春香は笑いが止まらなかった。




