561話
12月31日(月曜日)
迎春準備を全て終えた雄太達は、家族水入らずでのんびりと風呂に入っていた。
「はぁ〜。やっぱりお風呂は気持ち良いなぁ〜」
「春香って、なんだかんだ忙しくしてるんだもんな」
「ご挨拶回りに行くから、御節料理を準備しなくても良いって生活になったのにね」
春香は『ん〜』っと腕を天井に向けて伸ばす。
掃除は普段からしっかりしていたが、年末前にハウスクリーニングを入れた。御節料理を作っても、雄太は元日にしか家にいない。だから、準備するのは、年越し蕎麦と元旦のお雑煮だけなのだ。
数時間前……
「ん〜」
「どうした?」
「ちょっと時間が……」
「へ?」
「雄太くん、凱央をもう少しお願いね」
「お……おう」
年越し蕎麦の準備とお雑煮の下ごしらえをした春香が冷蔵庫を覗き込み、色々と野菜を取り出した。
(何しようとしてるんだ……?)
「パッパ〜」
「あ〜。ほら、お馬さんスタートするぞぉ〜」
雄太が凱央のお気に入りの競馬ごっこを見せている間に、春香は常備菜をいくつか作っていた。
「なぁ、春香。たまには、のんびりしても良いんだぞ?」
「えへへ。スッゴぉ〜く分かってるんだけどね。貧乏性なんだろなぁ〜」
恥ずかしそうに笑いながら、雄太の前に立ち、金魚やアヒルのオモチャで遊んでいる凱央の汗を拭ってやる。
「まぁ、何もしないでゴロゴロダラダラしてる春香は想像出来ないけどな」
「私も想像出来ない」
顔を見合わせて笑い合う。
春香が安心して髪を洗ったり出来るようにと一緒に風呂に入るようにしてから、忙しくしている雄太との会話が増えた事が嬉しかった。些細な事でも、話せる時間が大切だと思える。
「去年はさ、春香が里帰りしてるから門松とか飾らなかっただろ? 実家にいる時から母さんが注文したりしてたから、俺値段気にした事なくてさぁ〜」
「あ〜、そうなるよね。私は、東雲の店の発注してたから知ってたけど、大きさによって値段が違うって雄太くんが知らなかったのが不思議な気がしちゃったんだよね」
雄太が門松を飾ったほうが良いんじゃないかと言い出し、買い物ついでによく行っている花屋に寄った時の話だ。
「え゙……、こんなに値段違うんだぁ……」
「……え? あ、そっか」
春香は慣れてしまっていたから、金額の差があるのは当たり前だと思っていたのだ。
あまり大きくても……とは思ったが、小さいと門構えとバランスが悪いだろうと思った雄太は、春香をマジマジと見る。
「う〜ん」
「な……何?」
「春香の身長で、大体の大きさを考えてる」
「へ?」
花屋の店員は忍び笑いをしながら、仲睦まじい二人から春香の身長ぐらいの門松を一組注文を受けた。
門松は28日に設置してもらった。玄関には注連縄もつけられた雄太家は、すっかり正月っぽくなっていた。
駅前の米屋で買った鏡餅も飾りつけた。もちろん凱央の手が届かない高さにだ。
「んと……後、何かする事あったっけ?」
「はぁ〜るぅ〜かぁ〜」
「だってぇ〜」
雄太は風呂に入りながらも、まだ何かをしようと考えている春香の頭を撫でる。
「後は、年越し蕎麦を食べて、ゆっくり話をするだけだぞ。分かったか?」
「えへへ」
パシャパシャ水飛沫を上げて遊んでいた凱央が、ふと春香を見上げる。
「……ンマ……ッマ」
「ん? お腹減ったの? じゃあ、そろそろお風呂から……」
「マッ……マ」
「え? ママ……?」
唐突に『ママ』と呼ばれ、春香の目が潤む。雄太も笑みが溢れる。
「良かったな、春香」
「うん。本当、嬉しい……」
春香が両手を広げると凱央は両手を春香に差し出す。そっと凱央を抱きしめると小さな手が春香の頬に触れる。
「マッマ」
「なぁに、凱央」
「マッマ、マッマ」
ママと呼びながら、溢れる涙を拭うように頬に触れている凱央。その姿は、泣いている春香に対する雄太に似てる気がして、余計に涙が流れる。
雄太は間にいる凱央を抱き潰さないようにしながら、春香と凱央を抱き締めた。




