560話
純也に高い高いをしてもらい納得した凱央は、次は追いかけっこを始めた。
高速ハイハイをする凱央は、中腰で追いかけてくる純也が足の裏や脇腹をつつくとキャッキャと喜んでいた。
「ほら、捕まえるぞぉ〜」
「ンキャウ〜。ンバァ〜」
ダイニングテーブルの周りをグルグルと回っていたが、疲れてきたのか凱央は雄太のほうに向かい、胡座をかいて座っていた足の間に体をねじ込んだ。
「ん? よしよし」
体を抱き上げて仰向けにすると、凱央は目元をクシクシと擦り始めた。
「それって、疲れたから寝る〜って奴?」
「ああ。ソル、ありがとな」
「おう」
凱央は雄太の太ももを枕にスースーと寝始め、純也はテーブルに戻り春香が差し出してくれて烏龍茶を一気に飲んだ。
「あ〜、楽しかった。凱央は体力オバケだな」
「体力オバケの純也と良い勝負だったよなぁ〜」
「梅野さんも凱央と遊んでみたらどうっすか?」
「俺、体力保つかなぁ……?」
凱央の寝顔をカメラに納めた梅野は純也の前に座る。
残り少なくなった寿司やツマミを一つの皿に乗せてあるのを純也は美味そうにつまんだ。
「あ〜。腹減った」
「塩崎さん、何か作りましょうか?」
「あ、良いっすか? チーズ出汁巻き食いたいっす」
「ちょっと待っててくださいね」
春香は凱央に膝掛けを布団代わりにかけ、キッチンに向かった。洗い物をしている理保と里美の隣に立ち、出汁巻きの準備を始める。
「春香さん、疲れてない?」
「大丈夫ですよ、お義母さん。ワイワイご飯食べるの大好きですし、仕事をしている時と比べたら全然楽ですから」
準備だけでも大変だった上に、空いた食器類を片付け忙しく動き回っている春香を理保が労う。
純也のリクエストのチーズ出汁巻きと海苔入り出汁巻きを焼き、テーブルに持って行くと、純也だけでなく慎一郎達も箸を手に待っていた。
「お待たせしましたぁ〜」
「ん〜。良い出汁の香りだな」
「春、ありがとうな」
「いただきまぁ〜す」
凱央の誕生日、純也の誕生日。雄太のG1連続優勝を祝う食事会は夕方まで続いた。
凱央との時間が名残惜しいと思いながらも、直樹と里美は自宅へと戻っていった。寮から走ってきていた純也は鈴掛の車を運転して鈴掛、梅野と一緒に帰った。助手席には、春香からのプレゼントである手作りクッキーがデデンと乗っている。
(サンキュ、春さん)
まさか、自分の誕生日プレゼントをもらえるとは思ってなかった純也は、一抱えもあるクッキーにホクホク顔だった。
本当なら、春香が自分の車に凱央を乗せて、雄太の実家までついていき、帰りは乗せて……という予定だったが、凱央が爆睡しているので、雄太はトランクに自転車を積み実家への道を慎一郎の車で走っていた。
「父さん、母さん。今日はありがとう」
「ん? 儂は凱央の一歳を祝えて良かっぞ」
「そうね。雄太が凱央にパパって呼ばれてるのを見ると感慨深いわ」
理保がしみじみと言う。凱央が雄太をパパと呼び、甘えている姿を見ると、雄太自身が赤ん坊の頃を思い出すし、ついこの間まで丸坊主でオシャレも興味がなさそうだったのになと思う。
「あっという間……って言うのは、こう言う事だな」
「そうですね」
春香と出会い、人生を共に歩みたいのだと真剣な顔をしていた雄太が、今や父親としての顔を見せ、自分の管理馬で優勝したのが不思議な気がする。
「雄太」
「ん?」
「……親子制覇なんて、マスコミが騒ぎ立てたいだけだと思ってたが……。良い思いをさせてくれたな。ありがとう」
「父さん……」
雄太は目を丸くしてバックミラーを見た。まさか、慎一郎が自分に礼を言うとは想像もしてなかったのだ。
「春香さんって言う最高のお嫁さんを迎えてくれた事も凱央と言う宝物を抱かせてくれたのも……ですよね」
「うむ」
息子に礼を言った事が恥ずかしくなったのか、その後の慎一郎は無口になったが、薄っすらと笑みを浮かべていた。
(父さんが礼を言うなんてな……)
良い親孝行が出来たなと胸が熱くなった雄太だった。




