559話
ケーキの上に乗っていたイチゴを心ゆくまで食べ腹が膨れた凱央は、春香に温かいタオルで口や手を綺麗に拭いてもらい、椅子から下ろしてもらった。
「凱央、ごちそうさまして」
「ン」
春香の真似をして、小さな両手を合せてチョコンと頭を下げると、直樹達も慎一郎達もデレデレになる。
「おぉ〜。ちゃんとごちそうさま出来るようになったんだな」
「まぁまぁ、可愛いわね」
慎一郎と理保は思いっきりデレた顔になる。
「いただきますも出来るようになったんだけど、今日はそれどころじゃなかったからな」
雄太は、凱央の食べていた辺りを布巾で拭きながら苦笑いを浮かべている。
「大好きな物が目の前にあったら、一直線に向かっちゃうわよねぇ、凱央」
「そうだよな」
直樹も里美も、孫の成長が嬉しいと思っているのが下がった目尻で分かってしまう。
ようやく上手くなりつつあるヨチヨチ歩きで凱央は慎一郎に近づいた。
「お? 儂にくるのか?」
「あら、良かったですね」
手を広げた慎一郎に凱央は抱きつきいた。
「ンタタタァ〜」
「へ? 雄太、凱央は何て言っとるんだ?」
「あ〜。高い高いして欲しいんだよ」
「おぉ、そうか」
慎一郎がデレデレとしながら高い高いをする。凱央の満面の笑みが嬉しくて何度も何度も繰り返す。最初は勢いよくやっていたのだが、段々と息が切れてきた。
「と……と……凱央……。もう良いか?」
「ンタタタァ〜」
ヨレヨレになっていく慎一郎に皆が忍び笑いをしている。孫を可愛がっている姿が調教師鷹羽慎一郎に思えなくて、純也が笑いながら声をかける。
「おっちゃん、無理すんなってぇ〜。明日、立てなくなるぞぉ〜」
「お……おう。純也、後は頼む……」
「凱央、純也兄ちゃんにこ〜い」
「ン」
慎一郎はゼイゼイと荒い息をして凱央を床に下ろした。凱央は純也に向かって、高速ハイハイで近づく。
「おぉ〜っ⁉ 良い動きだな。先行逃げ切りだな?」
「ヨチヨチ歩きより、ハイハイが速いんだなぁ〜」
素早いハイハイに鈴掛と梅野がゲラゲラと笑う。
純也が凱央を高い高いしながら、リビングからダイニングに移動する。高い高いをしながら、体を左右に揺らされ凱央は足を激しく動かしながらご機嫌だ。
「ウリャウリャウリャ〜」
「ウキャウ〜キャウ〜」
体力自慢の純也に凱央を任せ、春香は慎一郎のマッサージをしている。
「お義父さん、大丈夫ですか?」
「す……すまんな。あ〜、抱っこは出来ても、高い高い連続はキツいな」
「最近、おんぶも大変なんです。重くなってきた上に元気が良過ぎちゃって」
「元気があるのは良いが、爺では限界が早いぞ……」
年齢的に、そんな歳ではないとは思うが、普段しない動きをするとかなりの負担になる。
「しっかり春に解してもらってください。明日、動けなくて仕事にならないとかなったら、皆が困りますから」
「そうですな」
鈴掛達とポーカーをしている直樹は、春香が優しい顔をしながら舅である慎一郎のマッサージをしている姿を微笑ましく見ていた。
「年甲斐もなく無理するからですよ? あら、私の勝ちね」
「えぇ〜っ⁉ 理保さん……強過ぎじゃないですか?」
「俺、理保さんに勝ててないですよぉ……」
「あら? 梅野くん、私にも勝ててないわよ?」
なぜか、理保と里美がポーカーが強いという事が判明し、交代で親をしている雄太も直樹もタジタジだ。
「母さんが、ポーカー出来るとも思ってなかったし、こんなに強いとは思わなかった……」
「私が若い頃は、カードゲームなんてしたら叱られたものよ。女の子なのにって。良い時代になったわ。こんなに楽しい事を経験させてもらえるなんて」
理保が若い頃は、女だから、男だからと言われていた時代だっただろう。興味はあったが、おおっぴらに『やってみたい』とは言えなかったと笑う。ルールとやり方を教えてもらい、やってみると本当に楽しいと感じたようだ。
慎一郎は嫁である春香にマッサージをしてもらいながら、今まで見た事がない理保の姿を優しい気持ちで見詰めていた。




