556話
次々とゲートに馬が入っていく。
雄太は一つ息を吸い込んで、ゲートに向かった。
(ハーティ……。もしかして気持ち伝わったか……?)
前回の安田記念の時と同じような感じがした。気迫のような……覇気のようなものがハーティから湧き出ているように感じがするのだ。
(よしっ‼ いけるぞっ‼)
ガシャンっ‼
ゲートが開いて、ハーティはスムーズにスタートをきった。
(ハーティ……ハーティ……頑張って)
画面の中、多くの馬が駆け出していく。ハーティは中団の位置につけて、一周目の4コーナーを回った。
大歓声が湧き上がるスタンド前に差し掛かっても、かかる事なく馬群の外側を走っていた。
(ハーティ落ち着いてる……。なぜだろう……。ハーティの顔が違って見えるんだけど……)
馬房で見た元気のないハーティではない。キリッとしていて、自信に満ち溢れているように見える。
『走るんだ』という意思が伝わってくるようなそんな感じがする。
(パドックからレースが始まるまでに何があったんだろう……? ううん。何があったとかじゃなく、ハーティが……雄太くんと走ってるハーティが力強くて……。安田記念の時みたいだ……)
あの当時は、次々と届く悪意ある手紙に恐怖感が強くあり、『ハーティは悪くない』と思ってはいたが、やはり素直に真っ直ぐハーティと向き合えない気がしていた。
カームとはタイプが違うが、強く惹かれるものがあったのは確かだった。
勝ち星がなくなったハーティが手の平を返されたように悪意ある言葉で傷つけられているのが悲しかった。
馬房で覇気のなかったハーティが、力強く生き生きと駆けている。素直に嬉しいと思う。
向正面を過ぎ、二度目の3コーナーにかかる。少しずつ、順位を上げていくハーティの姿に惹き込まれていく。
(これが……これが『ハーティグロウだ』って走りなんじゃない? よく分からないけど凄い……。本当に格好良い……)
多くの人々を魅力してやまないハーティの姿があった。ドキドキと胸が高鳴る。
「ハーティっ‼ 雄太くんっ‼ 頑張ってっ‼」
思わず声が出る。目頭が熱くなる。
4コーナーを過ぎ、直線コースに入って何頭もの馬達がラストスパートと言わんばかりに競り合っていた。
ハーティの前に壁となる馬はいない。グングンと加速をし、追いすがる馬から馬体が少しずつ離れていく。
「ハーティっ‼ そのまま突き抜けてっ‼」
不調だ、不調だと言われていたハーティは一着でゴール板を駆け抜けた。
大歓声が競馬場を包み込み、ハーティの勝利に酔いしれている。
(ハーティ……。良かったね……。格好良かったよ……。おめでとう……)
ハーティの名をコールする人達の声が響き渡る。これほどまでに魅力する馬が、少し勝てなかっただけで罵られる。人間の身勝手さと称賛する声の両方をその身に感じたハーティは無事レースを終えた。
「ありがとう、鷹羽くん」
藤波が目を赤くして、雄太の手を握る。
「俺の力じゃないですよ。ハーティ自身が走るって決めたんです」
「……ハーティがかい?」
「ええ。良い馬に乗せてもらいました。ありがとうございました」
雄太の言葉に藤波は不思議そうな顔をした。
(ハーティが走るって決めた……? 冗談って感じじゃない……よな?)
口取り写真を撮る為に近づいた雄太を、ハーティはジッと見ていた。
「よく頑張ったな、ハーティ。さすがだ。お前の最後のレースの背中にいられた事を誇りに思うよ。ありがとうな。強いお前の姿を見られて良かった」
2500メートルを走りきった疲れはあるように見えるが、それまでの元気のなさが嘘のように生気に満ち溢れたハーティがそこにいた。
多くの人々に愛されたハーティが、無事に引退出来た事が雄太も嬉しかった。
ポンポンと首筋を叩くとハーティと目が合った。
『当たり前だろ。俺はハーティグロウなんだぞ』
なぜか、そんな風にハーティが言っている気がした雄太だった。




