55話
出入口近くまで戻ると人だかりがしている場所があった。
空いている場所を探して前の方に行くと、十五頭の馬達が厩務員に引かれ歩いていた。
「良いか、嬢ちゃん。馬の歩き方、毛艶、気合いの入れ方、尻尾の振り方、首の上げ下げ、皆違うだろ? それぞれの性格もあるけど、良し悪しがあるんだ」
男性の説明を聞きながら見ていると、確かにそれぞれ違っているのが分かった。
(馬って、それぞれ違いがあるんだぁ……。覚えておこうっと。えっと…… 9番……9番の馬はどこ……? あ、居た)
ゼッケンを見て、雄太の乗る馬を見付けた。
「馬ってのは血統も重要なんだ。だから、その馬の父や母も、その前のも見るんだぞ?」
「はい。競馬って奥が深いですね」
春香が振り返りながら言うと、男性は一瞬驚いた顔をした後
「お? 嬢ちゃん、初めてなのに分かってんじゃねぇか」
と嬉しそうに笑った。
「もう直ぐ、あそこの騎手控え室から騎手が出て来る。そしたら騎乗して、しばらくしたら本馬場入場して、それから発走だ」
男性が指差して教えてくれた方向を見る。
(鷹羽さん……)
ドキドキしながら見ていると、雄太を含め十五人の騎手が控え室から出て来て一列に並び一礼すると、各々の馬の元へ駆けよって行った。
(鷹羽さん、凄い真剣な目……)
キリッとした顔は、今まで見た事がなく、春香はドキドキとする胸を手で押さえた。
「馬を見て迷ったら、騎手で馬券を買うってのもアリなんだぞ。重賞だと贔屓の馬ってのもアリなんだ」
「はい。馬を見たのも初めてだし、面白いです」
春香は、男性を見上げてニッコリと笑った。
「そうか、そうか」
男性は、そう言うとポンと春香の頭に手を置いた。
(あれ……? この感じ……どこかで……。気の所為……?)
春香は、何とも言えない不思議な感覚に襲われたが、視線を雄太に戻した。
(鷹羽さんって私より年下なのに、馬に乗ったら年上の人みたい……。格好良いな……)
ゆっくりと目の前を通り過ぎる雄太を見詰める。
(うん。足は大丈夫そう。良かった)
左足を気にしている様子もなく、春香はホッとした。
騎手が騎乗しグルリと回ると、馬達は パドックから出て行った。
「よし 嬢ちゃん。次は馬券を買いに行くぞ。どの馬にするか決めたか?」
男性はそう言うと馬券売場を指差した。
「あ、私、もう馬券は買ってあるんです」
春香は、コートのポケットから四枚の馬券を出して見せた。




