553話
12月17日(月曜日)
「よしっ‼ さぁ、行くぞっ‼」
「うんっ‼」
「ウキャウ〜」
翌朝、朝食を終えた三人はレンタカーでホテルを出発した。向かうのは千葉県白井市根。
✤✤✤
昨夜、夕飯時の事。
「へ? 競馬学校?」
「うん。中に入れなくて良いから見てみたいの。雄太くんが頑張っていた場所を」
「ディズニーランドとか……」
「競馬学校」
「ディ……」
「競馬学校」
タジタジとする雄太にグイグイと迫る春香。
「う〜ん……」
「あんまり行きたくない感じ?」
「じゃなくて、せっかくなんだし遊びに行くほうが良いかなって思ってさ」
「遊びに行くのはもう少し経って、凱央が記憶に残るぐらいの時で良いの」
「成る程。うん、分かった」
準備してもらった幼児食を美味しそうに食べている凱央を見る。一歳近い幼児には記憶が残らないと言われればそうだと思った。
✤✤✤
高いフェンスに囲まれ木々が多くある競馬学校。正門前近くに車を端に寄せて停める。車を下りて、門の近くまで歩いて行く。
「広いんだねぇ〜」
「そうだな。ここから真っ直ぐいった所に馬場があるんだ。だから、凄く広いぞ」
「馬場かぁ〜。そこを走ってたんだね」
「丸坊主でな」
「うん」
その当時の思い出が甦ってくる。純也と汗だくになって練習した事や夢を語った事。怖い先輩達の事も懐かしい。
春香に抱かれた凱央がキョロキョロと見回している。
「パッパ〜」
「ん? どうした?」
凱央が一生懸命に門の向こうへと手を伸ばしていた。
「……もしかして馬が居るのに気づいた……とか?」
「え? 馬房はかなり離れた位置だぞ? 匂いとかしないだろ?」
「そう思うけど、カームに会いにいった時、こんな感じだったでしょ?」
「まぁ……うん」
今回は許可を得てないからと、フェンス越しに見ていた。その後、グルリと競馬学校の周りを車で走り、雄太達はホテルに戻り、タクシーに乗り換えて新幹線の駅へと向かった。
新幹線に乗ると、しばらくはしゃいでいた凱央はスースーと寝息をたてて眠りについた。
「楽しかったか?」
「うん。馬主席も競馬学校もだけど、雄太くんが優勝出来たところを見られて最高に楽しかったよ。ありがとう」
「ああ」
春香は隣に座る雄太の肩に頭を預けた。
雄太が騎手になると決め通った乗馬クラブ。技術を磨く為に頑張っていた競馬学校。春香の知らなかった頃の雄太を感じたいのだ。
「それにしても、凱央の度胸には度肝を抜かれたな」
「うん。私の心臓バクバクだったのに、平気で手を振ってるんだもん」
小さな子供だったら、あれだけの観客の多さと歓声が怖くて泣いてもおかしくはないはずなのだ。
朝、ホテルで雄太と見た新聞には、孫自慢をするような表情をした慎一郎と物怖じせず手を振っている凱央の写真が、親子制覇と同じぐらいの大きさで掲載されていた。
『鷹羽慎一郎調教師孫自慢』『三代目の可愛いお手振り』
「まだ、凱央が騎手になるって言った訳じゃないのにな」
「うん。もし、凱央が騎手になりたいって言ったり、乗馬クラブに通ったり、競馬学校の受験するようになったら大騒ぎになるね」
「うわぁ……。想像するだけで身震いしてしまうような惨状じゃないか……?」
「かも知れない……」
二人で想像して苦笑いを浮かべる。
実際、新幹線に乗るまでもは言うでもなく、並んで座っているだけで何人もの人がサインや握手を求めてきたのだ。
たが、皆マナーもよく、凱央が眠っているのを見てそっと遠慮してくれていた。
「凱央が受験するまで後十三年かぁ〜。皆、慌て過ぎだよ。もうちょっと落ち着いてくれ」
「そうだねぇ〜」
期待される事自体は悪くないと思う。ただ、過度に外野が期待をし過ぎると、それがプレッシャーになったり、期待に答えられないと悩む事になると雄太も春香も考えていた。
(俺自身が騎手になりたいって時も多少騒がれたもんな。凱央には、自由に生きてもらいたいってのはどうなのかなぁ……)
凱央の将来を考えてしまう雄太だった。




