552話
全てのレースが終わり、拘束解除された雄太の姿を見て凱央が大きな声を上げる。
「パッパァ〜。パッパ〜」
「春香、凱央お待たせ」
いつもの優しい笑顔で声をかけてきた雄太に、凱央のテンションは上がり、春香の腕の中で大きく体を動かしていた。
一緒に出てきた鈴掛と梅野も、楽しそうな凱央を見てニコニコと笑っている。
「まさか、口取り写真に春香ちゃんと凱央が居るとは思わなかったな」
「雄太、全然言わないんだからなぁ〜」
「鈴掛さん、梅野さん。お疲れ様でした」
二人に笑顔で言った後、春香は雄太を見上げた。不思議そうな顔をしている春香に、照れ臭そうに雄太は笑った。
「春香が東京にくるって言っても良かったんだけど、絶対に鈴掛さん達からかうって思ったから内緒にしてたんだよ」
「あ、そう言う事だったんだ」
鈴掛達にしてみれば雄太は弟キャラで、からかってはジャレていると純也が教えてくれた。
実際、宅飲みしたり食事会した時も雄太をかまっているのを何度も見ている。春香の目には『本当に仲が良い』と映っていて、羨ましくもあった。
「パッパ〜」
凱央が小さな手を振りながら雄太を呼ぶ。雄太が両手を差し出すと凱央は満面の笑みで雄太に抱っこをされる。
「ほら、おいで」
「ウキャウ〜。パッパァ〜」
雄太に抱っこされた凱央は、なぜだか両手で雄太の頬をペチペチと叩いた。
「ん? 凱央、それは祝福のペチペチか?」
「手荒い祝福だな、凱央ぉ〜」
鈴掛と梅野はゲラゲラと笑う。凱央はヨダレを流しているから嬉しいのだと想像は出来る。
「凱央ぉ〜。お前、そんなのどこで覚えたんだよぉ〜」
「パッパ〜」
「パパの口の中に指入ってるぞ?」
「パッパァ〜」
「分かった、分かった」
春香がヨダレを拭っているとタクシーの運転手が声をかけてきた。
「鈴掛様、梅野様。お待たせしました」
「あ、それじゃ俺達は行くよ。今日は泊まりなんだろ?」
「明日のデートも楽しんでぇ〜」
鈴掛達は新幹線の駅まで行く為にタクシーに乗り込んだ。
「鈴掛さん、梅野さん。お疲れ様でした」
「じゃあ、また火曜日に」
雄太と春香が揃って会釈をし、凱央はバイバイと手を振っている。笑顔で手を振る二人が乗ったタクシーを見送り、もう一度お互いの顔を見詰めた。
「何か夢見てるみたいだったよ。雄太くんが優勝して、一緒に写真撮ってもらえて」
「そうだな。春香にG1走るところを見て欲しいとは思ってたけど、口取り写真に一緒にってのは、まだ先かと思ってたしな」
「うん」
雄太のたくさんある夢が一つずつ叶っていく。その中には、まだまだ遠くにしか見えない夢もある。
(どんな夢も春香と一緒なら大丈夫って思えるんだから不思議だよな)
雄太がそう思い、春香の手を握ろうとした時、凱央がまたペチペチと雄太の頬を叩いた。
「パッパ〜。ンマンマ〜」
「……腹減ったんだな?」
「そうみたい……」
良い雰囲気だったのにと雄太が苦笑いを浮かべて、春香がマザーバッグから赤ちゃん煎餅を取り出し凱央に持たせる。
マクマクシャクシャクと食べる凱央の頭を撫でていると、タクシーの運転手が近づいてきた。
「鷹羽様、お待たせしました」
「あ、はい」
「ありがとうございます」
三人タクシーに乗り込み宿泊の予約をしてあるホテルに向かった。
雄太には珍しくもない東京の風景だったが、春香はワクワクした表情で窓の外を見ていた。
「春香、東京は初めてじゃないだろ?」
「うん。仕事で何度か来た事あるよ」
きっと出張施術で訪れたのは田園調布とかだろうなと雄太は想像した。その頃の春香は、幸せな未来など考えてもなかったのだろうと思った。
「東京って、本当にキラキラしてるね。普段、こんなにネオン見る事もないから、余計に思うのかも」
「草津の駅前でも、ここまでのネオンはないからなぁ〜」
「うん」
雄太の自宅の辺りは、まだまだ田舎の風景が広がっている。春香と同じようにキョロキョロと見渡している凱央の姿を見て、可愛いなぁ〜と雄太は思っていた。




