548話
11月28日(水曜日)
今日は結婚記念日。家族だけで祝いたいと雄太が決めて、当日に祝う事にした。
「これで準備はOKかな?」
出来上がった生ハム入り生春巻きを冷蔵庫にしまう。
野菜だけでは淋しいかなと生ハムを入れてみたところ、雄太のお気に入りとなり、よくリクエストしている一品だ。
他にも雄太の好物が冷蔵庫に入っている。
「グラスも冷やしてるし……。凱央用のカボチャスープも上手く作れたし……」
準備に抜かりはないかと考えながら、ダイニングの隅に置いてあるベビーベッドを覗き込む。
遊び疲れた凱央は、派手に掛け布団を蹴り飛ばしながらスヤスヤと眠っていた。
「本当、足の力がパワーアップしちゃってるんだよね」
最近、足のプニプニ感が減り筋肉を感じるのだ。
「よく屈伸してるからかな? 雄太くんの足も細いけど筋肉ついてるし、そこも似てるのかも」
そっと掛け布団をかけ直し、少し休憩しようとベビーベッドの横に椅子を引き寄せ凱央の寝顔を見ていた。
✤✤✤
玄関の門扉に取り付けてあるセンサーが反応し、リビングにあるランプが光る。
モニターを見ると雄太の車が帰ってきていた。
「あ、雄太くんだ。凱央、パパが帰ってきたよ」
「パッパ〜」
凱央を抱っこして玄関に向かう。
「ただいま、春香。ただいま、凱央」
「おかえりなさい」
手にしていた花束とケーキの箱を避けながら、おかえりなさいのキスをする春香と頬に小さな手を伸ばす凱央の姿に雄太の目尻は下がりっぱなしだ。
一緒に風呂に入り、サッパリすると家族だけで結婚記念日を祝う。
「水曜日だから少しだけね」
「そうだな」
シャンパングラスにシャンパンを注ぎ、乾杯をする。
「春香、今日までいっぱいありがとうな」
「雄太くん、いつもありがとう」
テーブルの真ん中で、雄太が買ってきたピンクの十一本のバラが甘い香りを漂わせ、かすみ草が揺れる。
プレゼントは要らないと春香が言い、花束とケーキだけを買ってきた。
『私が世界中で一番欲しかった雄太くんが傍にいてくれて、凱央も居るんだもん。これ以上、何かが欲しいなんて贅沢だよ』
『雄太くんがどんなレースでも無事走り終えてくれて、重賞勝った時に特別なサインもらえてる私は幸せだよ』
二人で考えて建てた家で、可愛い我が子と笑顔で暮らす。
春香が思い描いていた未来とは全く違う現在が何よりものプレゼントなのだと笑う。
雄太としては、あれこれ出費がかさんでいる事を快諾してくれている春香にプレゼントしたかったのだが、頑なに要らないと言われ諦めた。
最近、地下のマッサージ部屋にトレーニング機器を買って設置したのだ。
トレーニングジムに行く事も考えたが、自宅にトレーニング機器を設置すれば、春香に家事育児を一人でさせなくて済むのではないかと考えての事だった。
「あ、今度あの木馬に乗るの教えて欲しいな」
「へ? 何で?」
「何か見てたらやってみたくなったんだよね」
前にデートで乗馬した時は、乗馬の鐙の長さだった。雄太が設置したのは競馬用の長さにしてある。
「そうだな。運動にもなるだろうしな。良いよ」
「ありがとう。難しいっていうのは分かってるし、雄太くんみたいに格好良く乗れないとは思うけど頑張る」
ニコニコと笑いながら言う春香を見ていて、ニヤリと笑って見せた。
「じゃあ、騎乗姿勢とれて一分五十九秒しっかり追えたらご褒美やるぞ」
「えぇ〜っ⁉ それってカームが天皇賞勝った時のタイムでしょ? 無理だよぉ〜」
「何でタイム覚えてんだよ」
雄太がゲラゲラ笑う。
「んもぉ〜。私、素人なんだからね?」
口を尖らせて言う春香にキスをする。
「何のキス?」
「天皇賞のタイムを覚えてたご褒美」
「うん」
頬を赤らめて春香は笑う。
カームが菊花賞を獲ってくれたおかげで今がある。今は、カームは引退してしまったが、今度はカームの子供に乗って、春香の笑顔を見たいと思った雄太だった。




