546話
11月8日(日曜日)
京都競馬場では、G1のマイルチャンピオンシップが開催された。
雄太は慎一郎の管理馬で出走したのだが、惜しくも二着だった。
(雄太くん悔しいだろうな……。一番人気だったもんね……。お義父さんも……)
小さく息を吐いてテレビを消した。
凱央はソファーに置いてある馬のぬいぐるみをポフポフと座面に打ちつけて遊んでいる。
(……もし凱央が騎手になったら、雄太くんと同じように比べられたりするんだろうか……)
『天才騎手鷹羽慎一郎の息子鷹羽雄太』
競馬新聞や一般誌、取材やテレビでも、必ずといっても良いほどそう言われていた。
雄太がどう思っていたかは訊いた事はない。人と比べられる事が、あまり気持ちの良いものではないと春香が思っていたからだ。
「雄太くんなら、自分は自分って思ってたのかな? 私ならどうだろう? あ……。同じ年齢ぐらいの女の子と比べて女の子らしくないとか、色っぽくないとか言ってたっけ……。しかも、雄太くんに何度も言っちゃってたし……。思い出したら……恥ずかしいんだけどぉ……」
両手で頬を押さえて、首を横に振る。
どこの誰とも分からない同年代の女性と自分を比べていたのでさえ、胸が詰まる思いだった。雄太が比べられていたのは実の父親。悔しかったのか、腹立たしかったのか……。
(あ〜、駄目だ。考えても答えが出ないし、仕方ない事だもんね。考えるのはここまで。夕飯の事を考えよう)
おぶい紐を手に取ると凱央に声をかける。
「凱央、おんぶするよ〜」
「ダダァ〜、ウバァ〜」
「パパが帰ってくるまでに、ご飯作っちゃうよ」
「パッパ、パッパ。ンマ〜ンマ〜」
最近、春香達が口にした言葉の意味を理解しているように感じる。
(フフフ。パパは早かったんだよね。ママはいつになるかなぁ〜)
凱央をおんぶすると、キッチンに向かう。帰ってきた雄太と一緒に風呂に入り、食事をして、マッサージをしながら色々話す。
その時の雄太を想像するだけで、春香はウキウキとしてしまうのだ。
✤✤✤
11月25日(日曜日)
ハーティは東京競馬場で開催されるジャパンカップに出走していた。
四番人気のハーティは、スタート後から最後方を駆けていた。
(ハーティ……。頑張って)
春香はテレビの前で応援をしていたが、ハーティは順位を上げきる事が出来ず十一着と大敗で終わってしまった。
✤✤✤
翌日、雄太は地下のコレクションルームにある大型テレビで、春香が録画しておいたハーティの走りをチェックしていた。
(ん……。やっぱりハーティ気力がない感じだよな……。走ろうっていうのが伝わって来ない……)
馬によって全盛期は当然だが、気力や体力の落ち方が違う。ゆっくりと落ちる馬もいれば、負ける事で一気に落ちてしまう馬もいる。
(どうしたもんだかな……。何がどうであれ疲れが取れてくれないと駄目だ……)
コーヒーを一口飲み、脇に置いていた競馬新聞を手に取る。ジャパンカップに出走するハーティへの期待が紙面に溢れまくっていた。
しかし、中には『堕ちたヒーロー』と揶揄している物もある。
(あれだけハーティ、ハーティと持ち上げていたのに……。人は身勝手だな……。人間だって衰えるのに……)
雄太は好き勝手に論じる人間に苛立ちを感じる。
馬にだけでなく、騎手に対してもだ。『もう終わった』『過去の人』等と書かれてしまう先輩達を何人も見てきた。
(自分が、そういう評価を下されて嬉しいか? 納得出来るのか?)
雄太自身、少し負けがこんだだけで悪評を書かれてしまったから、余計にそう思うのだろう。
雄太の負けの原因を春香の所為だと書いた新聞社のインタビューには答えたくないし、春香との交際が発覚した後、執拗に春香を追いかけた雑誌社とは距離をとっていた。
(……記事を書くのが仕事だって理解してるけど、書き方ってモンがあるだろ……)
小さく溜め息を吐いて目を閉じて、厩舎に戻っているハーティを思った。




