54話
「良いか、春。難しい事は考えなくて良い。鷹羽くんの乗る馬の番号を買えば良いんだ。4レースは9番。6レースは10番。8レースは1番。12レースは5番だ。この日はG2って言う重賞が開催されるから、8レースが終わったら帰って来るんだぞ? 重賞の開催されてる競馬場は、春が経験した事がないぐらいの人混みになる。だから買うのは4レースと6レースと8レースの単勝だけで良い。分かったな?」
春香は、しっかりとメモを取り頷いた。
「良いわね? 迷ったら、お巡りさんとか駅員さんとかに訊くのよ? 知らない人に着いて行っちゃ駄目って分かってるわよね?」
まるで、幼稚園児か小学生に言い聞かせるかのように、里美は何度も言う 。
「はい。分かってます」
苦笑いを浮かべながら家を出て来た。
(本当、心配かけてるよね……。ごめんなさい。でも、私も少しは成長しなきゃいけないと思ったの……。中途半端な大人じゃいけないって思ったの……)
心の中で、直樹と里美に謝りながら人でごった返している馬券売場に向かう。
(えっと……この紙よね。これにチェック入れるのよね?)
よく分からないまま、直樹が教えてくれた番号に印を付ける。
(はみ出さないように……。でも、しっかりと……。これで良し。……12レースはどうしよう……。直樹先生は買わなくて良いって言ってたけど……)
悩みに悩んで馬券を買うと、コートのポケットに入れて馬券売場を離れた。
時間を見ると、4レースまでまだまだ時間があった。
(ん~。パドックって言う所で馬が見られるって教えてもらったけど、私が見て分かるのかな……? てか、今行って鷹羽さんの乗る馬って見られるの……?)
キョロキョロ見回しながら悩んでいると、後ろから声を掛けられた。
「何だ、嬢ちゃん。競馬場は初めてなのか?」
春香が振り向くと、サングラスをかけて競馬新聞を持った男性が立っていた。
普段なら逃げ出していたかも知れないが、たくさんの初めてを経験したのと、見た目は怖そうだが悪い人に思えなくて
「はい。初めてなんです」
と春香は答えた。
「だろうな。あっち見て、こっち見て、悩んでるからよぉ。これから4レースのパドック見に行くんだけど、良かったら一緒に行くか?」
(4レース? 鷹羽さんの出るレースのだ)
「はい。見たいです」
「よし、こっちだ。ついて来な」
春香が答えると、男性は指差して歩き出し、春香はその後を着いて行った。




