532話
9月17日(月曜日)
春香の誕生日パーティーをすると、雄太は両家の両親や友人達に声をかけていた。
「春香ちゃん、おめでとう」
「春さん、おめでとうっす」
『プレゼントは花を一本だけ』とお願いしてあったから、鈴掛と純也はかすみ草を手にしていた。
「ありがとうございます。嬉しいです」
かすみ草といっても、鈴掛は青い着色のしてあるかすみ草で、純也のは淡いピンクのかすみ草だった。
「春香さん、お誕生日おめでとう」
梅野が差し出したのは、どう見てもケーキの箱だった。
「梅野、それ花じゃないだろ?」
「フッフッフ。春香さん、開けてみて」
鈴掛がツッコミをいれると、梅野は春香にケーキの箱を手渡した。
「え? あ、はい」
テーブルに置いて、蓋を開けると中から現れたのはピンクのバラの形を模したものが乗っているケーキだった。
「これ、アイスのケーキっすね?」
「正解〜。まだ暑いだろぉ〜? 普通のケーキよりアイスだなって思ってさぁ〜」
「アイスケーキだけど、上にバラが一輪。確かにリクエスト通りっすね」
「だろぉ〜?」
純也がいうように、バラが一輪ケーキの上に咲いているという感じだった。
「綺麗ですね。このバラは……チョコ?」
「そう〜。本物の花弁みたいでしょ〜?」
「はい。凄く綺麗で食べるのもったいないぐらいです。ありがとう、梅野さん」
「喜んでもらえてなにより〜」
春香は溶けないうちにと冷凍室にアイスをしまった。
店を休んででも来たいと言っていた直樹だが、里美が風邪を引いてしまったという事で、近所の酒屋に春香のお気に入りのワインを届けてくれるように言ったと電話があり、ワインクーラーで冷やしている。
慎一郎は騎手時代に仲が良かった先輩の法事に夫婦で出かけなければならないと言っていて、寿司桶を届けさせると言ってくれていた。その寿司桶はテーブルの上で存在感を示している。
「じゃあ、はじめようか」
「うん」
凱央を抱っこした雄太が、春香が準備したシャンパングラスを手にする。
雄太の顔を見詰めてから、春香は集まってくれた皆の顔を見回す。
「お休みの日なのに、集まってくださってありがとうございます。私は本当に幸せです。これからも、幸せを増やしていけたらって思っています。今後ともよろしくお願いします」
「乾杯っ‼」
一人ぼっちで公園で生活し、ひもじい思いをしていた頃とは全く違う。温かく安らげる家があり、惜しみなく愛情を注いでくれる雄太がいる。日々成長し、笑顔を向けてくれる凱央がいる。
父のようであり兄のような鈴掛。同級生でありながら懐の深い兄のような梅野。初めて友達と呼ばせてくれた純也。
両親と義両親。調教師や厩務員。パートの女性や男性。父親のように可愛がってくれている商店街の人々や馬主達や重幸。
(嬉しいなぁ〜。ねぇ、おばあちゃん。私、幸せだよ)
優しかった亡き祖母も喜んでくれているだろうと思う。
「春香、凱央アイス食べて良いんだっけ?」
「うん。卵のアレルギーはないから。でも、お腹壊すと大変だから少しだけね?」
「了解」
雄太が切り分けたアイスケーキをほんの少しスプーンですくうと、凱央は大きく口を開けている。
「凱央の前歯可愛いな」
「ですねぇ〜」
「そっすね。リスみたいっす」
「噛まれたら痛いんですよ? ソル、試してみるか?」
「何でだよっ⁉」
凱央は美味しそうに口をマクマクと動かし、満面の笑みを浮かべる。雄太と純也の会話に鈴掛と梅野は腹を抱えて笑っている。
(優しくて育児にも協力的で……、ちょっと心配症だけど、馬上で誰より輝いている雄太くんがいてくれるから、私は笑っていられるの。ありがとう、雄太くん)
出会った頃は雄太は太陽だと思っていた。
(雄太くんが太陽なら、私は雄太くんのおかげで輝ける月かも知れない)
いつまでも雄太の隣で笑っていたいと改めて思った。
ワイワイと賑やかで、笑いが絶えない春香の誕生パーティーは凱央が眠る時間まで続いた。




