529話
中京競馬場の調整ルーム。今週は純也だけでなく鈴掛も中京にいた。
テレビの仕事にウンザリしたが、やはり自宅にいて春香と凱央と過ごしていると、雄太の精神的な回復は早い。
「春香が可愛いっ‼ 凱央が可愛いっ‼ 家は最高っ‼」
熱弁を振るう雄太と苦笑いを浮かべる純也と鈴掛。小声でヒソヒソと会話をする。
「もしかして、雄太酔っぱらってんのか?」
「かも知んないっす。飲んでるの缶コーヒーっすけど」
月曜日のテレビの収録がロクでもなかったと、火曜日にグチグチと言っていた雄太と同一人物とは思えないぐらいだった。
「明日、春香の誕生日なんですよ。でも、当日にお祝い出来なくても良いって言ってくれて。俺の仕事を分かってて結婚したんだからって。本当に春香と結婚出来て良かったっ‼」
出産の時も、誕生日も『騎手鷹羽雄太の妻』として振る舞っている春香。若い女の子ならば、誕生日は一緒に居たいだろうと、鈴掛も純也も思った。
「そうか……。春香ちゃんの誕生日か。妻だろうが、子供だろうが、俺達の仕事は……な」
「そうっすね。それに、騎手以外の友達とは週末に遊べねぇっすよね」
「ああ。一般的に土曜日とか日曜日やる結婚式とかも参列出来ねぇしな」
雄太や純也の年齢で結婚をしているのは少数である。その上、競馬学校という全寮制の学校にいたのだから、地元の友達との付き合いは希薄になっていた。
「休みが少ない上に月曜日のみだからな。どうしても業界の人間との付き合いばっかになっちまうのは仕方ない」
「そっすね。調教師達との付き合いもあるし」
「全て騎手って仕事の為だし、な」
競馬業界は閉鎖的と言われる事もある。他の会社などとは違い過ぎるのだ。その為、理解されない事が多い。
フゥと溜め息を吐いた純也は、雄太が静かな事に気づいた。雄太が静かなのに気づいて、そちらを見るとポカンとした顔をしている。
「どうしたんだよ? 春さん大好き惚気祭りは終わりか?」
「いや……。ソルが真面目な顔して、真面目な話をしてるなって思ったんだよ」
「俺だって、真面目に話す事もあるぞっ‼」
雄太にしみじみと言われ、純也はフガァーと鼻息を荒くした。
「……そういやぁ、今純也と話してたんだよな」
「鈴掛さんっ⁉」
「お前も真面目な話が出来るようになったんだな」
「ヒデェっすぅ……」
純也は肩をガックリと落とし、雄太はゲラゲラと笑った。
「笑い事じゃねぇっての」
プリプリと怒る純也の頭をグリグリと鈴掛は撫でまわした。
「ようやく、お前も大人になったんだな。偉いぞ」
「鈴掛さんの中では、俺何歳なんすかぁ……」
唇を尖らせながら純也は訊ねた。
「そうだな。純也は……」
「俺は?」
「十五歳だな」
「ちょお〜っ‼ それって競馬学校入学した歳っすよっ⁉」
鈴掛に鋭いツッコミを入れられて、純也はブンブンと両手を振り回す。
「そ……それ、凱央みたいな仕草だぞ……ソル……」
笑い過ぎて息も絶え絶えになりながら言う雄太に、ショックを受けた純也は、またもやガックリと肩を落とした。
「凱央と一緒ってぇ……。まだ一歳にもなってない幼児と一緒にすんなよぉ……」
「まぁ、近いっちゃ近いよな?」
「鈴掛さんっ‼ 十五歳より年齢下がってるっすよっ⁉」
純也と鈴掛の漫才に、雄太は腹を抱えて笑っている。
「あ〜。ほら、純也は気持ちが若いって事だ。良かったな」
「……若いって、凱央と一緒なら幼児じゃないっすかぁ……」
「さっき、真面目な話が出来てたから、もうちょい上だ。安心しろ」
「フォローになってないっすぅ〜」
笑い過ぎて涙目になった雄太が、ふと真顔になった。そして、ふと視線を下げ、股間を見詰めた。
「どうしたんだよ?」
「……この前、凱央と風呂に入ってる時に踏まれたの思い出した……」
「マ……マジ?」
「マジ死ぬかと思った……」
想像した純也は自分の股間を両手でガードするかのように押さえた。
想像だけでも痛く思えるのは、男性にしか分からない事だろう………。




