527話
翌月曜日。
テレビの仕事があった雄太は、撮影時間中はにこやかにしていたが、休憩中に楽屋に戻ると眉間に皺が寄った。
(……はぁ……。もうテレビの仕事したくない……)
収録時間は押しに押す。香水臭い女性が周囲にいる。競馬に興味なさそうなタレントや芸人が居ないだけマシかも知れない。的外れな質問をされて苛つかされたら堪らないと思っていた。
『取材やテレビも仕事の内』と慎一郎だけでなく、お偉方からも言われているから、嫌でも笑っていなければならないのがストレスなのだ。
「休日は、どのように過ごされているのですか?」
「月曜日しか休みがないので、家族でのんびりしています」
笑いながら答えたが、胸中では、『今日が唯一の休みだったんだよぉ〜っ‼ 春香や凱央との時間を取りたいのに、こうやって収録の仕事を入れられたら、家族との時間が削られるんだってのぉ〜‼』と、イラッとした。
しかし、来月末から秋のG1シリーズが始まるので、『競馬界を盛り上げる為』と言われれば断る訳にもいかないし、競馬をギャンブルと言う認識からスポーツであると言う認識に変えていきたいという思いもあるから、テレビの仕事も必要だと思ってはいる。
「鷹羽さん。お願いします」
「あ、はい」
雄太より少し上ぐらいの若いスタッフが声をかけてきてくれた。
営業用の笑みを浮かべて、早く収録が終われば良いとスタジオに戻った。
グッタリと疲れた雄太は、自宅に戻り、残り少なくなった月曜日に侘しさと申し訳なさに溜め息を吐いた。
「夕飯、軽めで頼むよ」
「うん。……かなりお疲れ?」
「ああ」
収録時間が遅れた分、遅くなると電話した時にも、疲れた声だったのに春香は気づいていた。
『家族の時間を大事にしたい』と言ったのに申し訳ないという気持ちがあったのも事実だ。
「雄太くん。香水の匂いが気になるなら、先にお風呂入っちゃう?」
「え? あ……。そう……だな」
テレビ局の衣装ではサイズが合わない雄太は自前の服で撮影していたから、香水の移り香があったのだ。長時間、匂いを嗅いでいた雄太は鼻が麻痺していたのだ。
「ん……。風呂入ってくるよ」
春香達は入浴済ませていたから、雄太は一人で風呂場へ向かった。
(凱央とも遊べなかったし……。もう……)
撮影終わりに、これ見よがしに胸をアピールしながら連絡先を書いたメモを渡された事が、疲れに拍車をかけた。
(俺が結婚してるの知ってるだろうに……)
ウンザリしながら、湯でバシャバシャと顔を洗った。
風呂から出て、軽く食事をしながら春香と話していると少し気持ちが落ち着いてきた。
凱央は春香に抱っこされて、目をクシクシと擦っている。
「今日は、凱央と遊んでやれなかったなぁ……」
「珍しく雄太くんが出かける時に起きてなかったもんね」
「夜にしっかり寝てくれると、春香は寝不足にならなくて良いんだよな」
「雄太くん、私の寝不足心配してくれてたもんね。ありがとう」
春香の優しい笑顔が胸にしみる。既婚者である自分を誘惑するようなわざとらしい笑顔を見ていたからだろう。
(鈍感だって言われてる俺が気づくぐらいの作り笑いだったもんな。本当、あれはやめて欲しいよ……マジで……)
凱央が大きな欠伸をする。
「凱央、パパにくるか?」
「ン〜ン〜」
目をクシクシしながら凱央は首を横に振る。
「あれ? 今日はパパは駄目な日か?」
「きっと眠いのが限界なんだよ」
春香が立ち上がり、凱央の背中をポンポンとし始めると数分でスヤスヤと眠った。
「明日は一緒に寝るって言ってくれるかなぁ〜」
「大丈夫だよ。週末、パパを探してる時あるから」
「え? そうなのか?」
「うん。雄太くんが居ないとキョロキョロしてたりするの。パパを探してるんだなって思うんだぁ〜」
「そうか……」
スヤスヤと眠っている凱央を見詰める。
春香と共に大切な存在。凱央が大きくなった頃に憧れられる父親になりたいと深く思った雄太だった。




