526話
9月8日、9日の両日で一着二回。二着五回、三着三回と大満足とは言えないが、まずまずの成績だった。
「雄太ぁ〜、帰ろうぜ」
「ああ」
布団を自室に戻してきた純也は手に持っていた缶コーヒーの一つを雄太にポイッと投げた。
「サンキュ。てか、G2先着したソルに俺が奢らなきゃって思うんたけど」
雄太がニヤリと笑う。
「ちょっと待てっ‼ G2優勝のお祝いが缶コーヒー一本とかマジで言ってんのぉ〜っ⁉」
「え? 俺、ソルに負けて二着でメチャクチャ悔しかったんたけど?」
「あのなぁ〜っ‼ 今まで、俺がどれだけ雄太に負けた悔涙で枕を濡らしたと思ってんだよぉ〜っ⁉」
「知らね〜。俺は、重賞勝ったら春香とイチャイチャラブラブしながら寝てるから、ソルの事考えてないっての」
「ムキィ〜〜〜〜〜っ‼」
キャンキャンと噛みつく純也とゲラゲラ笑っている雄太を見て、皆『いつもの事だな』と呆れたり忍び笑いをしていた。
夜中じゃないから良いが、ドアを閉めずに大騒ぎをしているのはどう見てもリーディング騎手には見えない。
ストッパーの鈴掛がいないから、放置している。『まぁ、面白いから良いっかぁ〜』と言った感じだ。
中京競馬場を後にした雄太は自宅に戻り、春香と凱央と一緒に風呂に入る。
「塩崎さん、一着だったの喜んでたでしょ?」
「ああ。羽根が生えたかのようにウキウキしてたぞ」
今までも純也は重賞を獲っている。だが、雄太と一緒に走って勝てたと言うのが大きいのだろう。
「次はG1勝つんだぁ〜って言ってたな」
「ふふふ。でも、残念だね」
「残念?」
「雄太くんが優勝するから」
春香がいたずらっ子のような笑顔を浮かべる。
「だな」
「うん」
凱央はお気に入りの金魚をペチペチと叩いたり、ポイッと投げたり楽しそうに遊んでいる。
「こうやって一緒にお風呂入ったりするのって良いね」
「一人で風呂入れるの大変だろ? 最近は、動くのも激しいしさ」
「うん。でも歩くようになったら、もっと大変かも」
「そうなったら、今まで以上に自分の事が疎かになりそうだよな」
今は、風呂用のストッパー付き椅子に座らせているが、凱央が歩くようになったら、春香が髪や体を洗うのが大変ではないかと思ってしまう。
雄太が帰宅してから春香が風呂に入ると言う事も出来るが、調整ルームに入った時はどうするのだろうかと心配になる。
「何とかなるよ。大丈夫、大丈夫」
「ん〜。風呂に入る時間、凱央を見てもらう為に東雲の家に行くってのもなぁ……。それでなくても、春香には自分が自由に使える時間ないのに……」
「それは雄太くんも一緒じゃない?」
春香は、凱央の汗をタオルで拭いながら笑う。
「俺? レースの録画見たり、調教師達の付き合いをしたりして、好きにさせてもらってるぞ? 自由な時間がないのは春香だろ?」
「私? ん〜。凱央と遊んだりしてる時間が好きに使える時間だって思ってるんだけど……?」
「それ、自由時間じゃないから……」
「ん? そっか。えへへ」
それを聞いた雄太は、春香が育児を楽しんでるんだなぁ〜と思った。
理保は一人で育児をしている春香は大丈夫なのかと気にしていた。だから、なるべく一緒に育児をしたいと雄太なりに考えたいのだ。
(一緒に風呂に入って凱央の面倒を見たり、早起きして春香が凱央を気にせず家事が出来るようにしてやるだけでも、春香の負担は減るよな?)
なにより、雄太自身が凱央と遊びたいのだ。日々成長している凱央の姿を一緒に見ていけたらと思う。その副産物で春香の手助けが出来るなら言う事はない。
「バァ〜キャウ〜」
凱央が湯をペチペチすると、飛沫が春香にかかる。
「ウハハぁ〜。凱央ってばぁ〜」
笑いながら、春香が両手を合せて水鉄砲のようにした。ピヨッと湯が出るのが面白いのか、凱央はバシャバシャと湯を跳ね上げて喜んだ。
その凱央に雄太の雄太が踏みつけられた。
「ヴゴォっ‼」
「雄太くんっ⁉」
悶絶しながらも、凱央から手を離さなかったのは父親として合格だった。




