522話
春香達が小倉へ行った一週間後、雄太は滋賀に戻り家族水入らずの時間を過ごしていた。
しっかりマッサージを受けた翌日、小倉へ戻る時間までリビングで雄太は凱央と遊んでいた。
「おぉ〜。凱央、上手いぞ」
スッカリ上手く寝返りが出来るようになった凱央に、雄太は声を上げて喜んでいた。
寝返りをしてうつ伏せになった凱央は、微妙ではあるがハイハイをするような仕草をしていた。
「もう少しだぞ。後少し。頑張れ、凱央」
背筋運動をするような姿になっている凱央に、一生懸命応援をする雄太を春香は満面の笑みを浮かべて見ていた。
凱央はフンフンと気合いを入れたような声を出しながら、手足を動かしている。
雄太は凱央の隣でうつ伏せになり、腕で体を支える姿勢でズリ這いを教えようとしていた。
「ヴァ〜」
うつ伏せの所為か声が変わって聞こえる。あまり長くうつ伏せになっていると疲れるのではないかと、雄太は凱央を抱き起こし、ぬいぐるみや木の玩具で遊ばせた。
「ん〜。もう少しなんだけどな」
「うん。でも、突然出来るようになるから『いつ』って言うのが分からないんだよね〜」
「そっかぁ〜。初めての寝返りは見られなかったからなぁ〜。初めてのハイハイは見たいんだよ」
普段でも調整ルーム入りしていたりして自宅にいない時が多いのに、遠征に出れば見たい姿が見られないのが残念でならない。
「ねぇ、雄太くんの買ったビデオカメラ、私も使えるかな?」
「え?」
「ハイハイもだけど、つかまり立ちももう直ぐ出来そうだし、録画して残しておけるなら残しておきたいし、雄太くんも見られるでしょ?」
買ってきた時は、チンプンカンプンといった感じで見ていた春香の言葉に、雄太は驚いて目を丸くした。
「そりゃそうだけど……」
「雄太くん、見たかったでしょ? 初寝返り」
「……そうだなっ‼ 春香、教えるよ」
春香に録画しておいてもらえば、直接見られなくても何とか気持ち的に納得出来るかなと思った。
張り切った雄太の声に春香は笑いが込み上げる。
「雄太くん、見られなかった事が本当に悔しかったんだぁ……」
春香がボソッと言った言葉も聞こえなかった雄太は、リビングの棚に置いてあったビデオカメラをバッグから取り出していた。
「えっと……ここが録画ボタンで……。これがズーム……」
「そうそう」
春香は、とりあえず練習してみようと凱央にビデオカメラを向けて録画ボタンを押した。
「こんな感じで良いのかな? え?」
「ん? あ」
再びハイハイの体勢になっていた凱央が、ほんの少しだけ進んだ。
「進んだ……よね?」
「ああ、ほんの少しだけど進んだなっ‼」
おそらく数センチだが、腕と足を精一杯使って進んだ。雄太達に見守られながら、またほんの少し進んだ凱央は疲れたようでうつ伏せのまま動かなくなった。
「凱央、よく頑張ったな。偉いぞぉ〜」
「ウブゥ〜」
雄太に抱き上げられた凱央は目を擦り始めた。
「ん? 頑張り過ぎて疲れたか?」
「そうかも」
春香はカメラの録画停止ボタンを押してテーブルの上にカメラを置いた。
「新しいオムツ取ってくるから、そのまま抱っこしててあげて?」
「ああ」
オムツを替えてもらい、ベビーマグでお茶を飲むと、凱央は雄太の腕の中でスヤスヤと眠った。
「それじゃ、行ってくるな」
「うん。気をつけて頑張ってね」
玄関で抱き締め合いキスを交わす。
「凱央、パパ頑張ってくるからな」
「ダァ〜ウバァ〜キャウ」
夏の遠征は、まだ終わらない。9月の二週目までは、所謂単身赴任だ。
また春香シック、凱央シックになるかも知れないと言う不安を抱えていた雄太は、思いっきり春香を抱き締めた。
「二週目後、またいっぱい癒してくれよな?」
「うん」
昨夜、何度も何度も春香を抱き、お互いの温もりを感じあった。
次会えるのは二週間後。少しでも勝ち鞍を上げ、春香の笑顔が見たいと思いながら、雄太は再び小倉へと向かった。




