520話
「ダァ〜」
「え?」
泣き止んだ凱央は、雄太に向かって両手をグッと差し出した。驚いた雄太が春香のほうを見る。
「もしかして……抱っこして欲しいんじゃない?」
「抱っこ……? そう……なのかな?」
雄太が凱央の体を支え、春香が抱っこ紐を外すと、そのまま、凱央は雄太の胸に縋りついた。
「凱央……」
「ンバァ〜ウキャウ」
「そっか、そっか。良い子だな」
目を細め凱央をあやしている雄太の姿を見て、春香は小倉にきて良かったと思った。
人見知り期だったと分かっていても、やはり堪えていた雄太は本当に嬉しかった。
「ンマァンマァ」
「ん? お腹減ったのか? あ、うどん屋探してたんだよな?」
数分立ち話をしていただけだが、どうやらお腹が減ったらしく、拳を口元に持っていき涎を流していた。
「んじゃさ、春さん達が探してたうどん屋に行こうぜ」
「ソル、良いのか?」
「居酒屋は今度でも良いんじゃね? せっかく凱央が小倉に来たんだし、一緒に食いたいじゃねぇか」
純也の提案で、美味いと評判のうどん屋に向かった。四人テーブルだと凱央がグズるので、雄太達は座敷に座り、その横のテーブル席に里美と純也は座った。
うどんや定食を注文して食べ始める。純也は、子供用の椀にうどんを取り分け、冷まして凱央に食べさせている雄太を眺める。
「凱央、美味いか?」
「ウマァ〜ウマァ〜」
「そうか、美味いか。良かったな」
優しい笑顔を見せる雄太を見て、純也は笑みが溢れる。
「どうしたの? 塩崎くん」
「え? あ〜。雄太って良いパパしてるなぁ〜って改めて思ったんす」
「ふふふ。雄太くんって子煩悩よね」
「ああ言うの見ると、俺も早く結婚したいなって思うんすよ」
「あら? 良い娘がいるの?」
「絶賛募集中っす」
純也は定食では足りなく思い、追加注文した肉うどんをすすった。
「おぉ〜。このうどんも美味いなぁ〜」
「ここのおうどん、お出汁も美味しいわね」
「うっす」
五人で楽しく食事をして、春香達をホテルに送り届けて、雄太達は宿舎に戻った。
土曜日と日曜日、春香達は小倉競馬場で雄太のレースを楽しんだ。
「雄太くんっ‼ 頑張ってぇ〜っ‼」
久し振りの現地観戦で、春香は声が枯れるまで応援した。
「キャア〜。勝ったぁ〜」
一着でゴール板を駆け抜けた雄太の姿に、春香はピョンピョンとジャンプしながら喜んでいた。そして、両日で三勝を上げた雄太は上機嫌だった。
明けた月曜日、雄太は春香達を見送りに空港まで行った。
「じゃあ、また来週な」
「うん。気をつけて頑張ってね」
「ああ」
雄太は凱央の頭を撫でる。
「凱央、来週会えるまで良い子にしてるんだぞ?」
「ウキャウ、アブゥ」
「次会った時も、そうやって笑ってくれよ? また泣かれたらどうしよう……」
雄太は心配そうな顔をするが、凱央は雄太の頬をペチペチと叩く。
「ふふふ」
「わぁ〜らぁ〜う〜なぁ〜」
我慢出来ずに笑う春香を片手で抱き寄せ、耳元に口を寄せる。
「大好きだぞ、春香」
「私も雄太くんが大好き」
再開を待ち遠しく思いながら、春香は飛行機の中からも手を振っていた。
宿舎に戻った雄太は上機嫌だった。
「雄太……。ニヤけ過ぎ……」
「そっかぁ〜?」
「春さんパワーって凄いのな」
「当たり前だろ? 俺のエネルギー源の春香と凱央に会えたんだからな」
「へいへい」
苦笑いを浮かべながら、純也はゴロリと横になった。
「良かったな。春さん応援にきてくれて」
「ああ。突然でビックリしたけどな」
雄太の事に関して、春香が思い立ったら即行動なのは分かってはいた。だが、凱央がいるから無茶はしないだろうと考えていたのだ。
(まさか、小倉まできてくれるとはな)
ここ数年、夏休みなんてなかった里美を連れて旅行したかったのもあったと、春香は恥ずかしそうに笑っていた。
一人で店をやっている直樹は大変だろうとは思ったが、仲の良い母娘を見られて雄太は満足だった。




