519話
雄太が小倉に戻った三日後の木曜日の夕方。たまには、外で飯を食おうと言う純也に誘われ、連れ立って宿舎を出た。
「ソル、こっちのほうなのか?」
「そうそう。安くて美味い店があるって先輩が……え?」
「どうし……え?」
顔を上げメモから目を離した純也がふと立ち止まる。雄太が、その視線の先を見ると淡い空色のブラウスを着た春香が、マザーバッグを手に立っていた。胸には凱央が抱っこ紐で抱っこされている。
「は……は……春香っ⁉」
「あ……雄太くん……」
「な……なん……で……?」
「はぁ〜。私、何で毎回、雄太くんに見つかっちゃうんだろ」
苦笑いを浮かべた春香の胸で、凱央はキョトンとした顔で雄太と純也を見ていた。
「春香、あっちみたいよ……あら? 雄太くんじゃない」
「お……お義母さんっ⁉」
雄太達が立ち止まっていた所の店から里美が出てきて驚いた顔をした。気不味そうな春香が里美に訊ねる。
「お母さん、お店分かった?」
「ええ。この先ですって」
二人は、当たり前のように話しているが、ここは小倉なのだ。決して草津の駅前ではない。
「二人とも、何で……?」
「え? あ……そう……九州旅行なの」
「そうそう、九州旅行よ、旅行」
雄太に訊かれた春香と里美は、顔を見合わせた後答えた。
「里美先生、マジっすか?」
「え? まぁ……そうよ? 何かおかしい?」
「歯切れ悪いっすね?」
「ま、良いじゃない」
笑って誤魔化しているのがバレバレだが、何をどう言おうと『今、春香と里美が凱央を連れて小倉にいる』と言う事実は変えようがない。
「ん……まぁ……良いっすけど。で、どこかに行こうって思ってたんすか?」
「おうどん屋さんを探してたのよ。ガイドブックに美味しいって書いてたから」
「うどん屋っすか?」
「凱央も食べられるから」
「成る程〜」
里美と純也が話している間、雄太はジッと黙って春香を見詰めていた。居心地が悪くなった春香は視線を逸らしていた。
「はぁ……。前もだったけど、春香って俺に黙ってくるよな?」
「え? あ……えっと……その……ね」
「うん」
「ごめんなさい。雄太くんが馬に乗ってるところを凱央に見せてあげたいなって思ったの。ほら、京都とかだと人が多そうだなって思ったのもあって……ね」
雄太の真剣な声に、春香は余計に視線を合わせられなくなる。
口を出して良いものかと里美と純也は黙って二人を見ていた。
「それでも、一言相談してくれても良くないか?」
「思いついたのが火曜日で……」
「全く……。きてくれて、ありがとうな」
「え?」
雄太はそっと春香を抱き締めた。もちろん、凱央を抱き潰さないようにしながら。
「アゥ〜。ンバァ〜」
雄太と春香の間に挟まれた凱央が声を上げる。凱央が泣く事を思い出し、雄太はドキドキした。
「と……凱央。パパだぞ〜。良い子にしてたか?」
「ダァ〜」
ドキドキしながら声をかける雄太を見ても、凱央は嫌な顔もしないで喃語を口にしながら笑っている。
「あれ? 泣かない……?」
「え? あ……」
「人見知り期終わった……?」
凱央はキャッキャと笑いながら、雄太に手を伸ばしていた。雄太は泣かれなかった事が嬉しくて、凱央に指を掴ませていた。
「お? 凱央、純也兄ちゃんだぞ。人見知りは終わっ……」
純也が顔を覗き込むと、凱央を顔を歪めた。
「ウ……ウ……ウヤァ〜、ウヤァ〜っ‼」
「え? ちょっ‼ 凱央っ⁉」
純也を見て、首を横に振りながら大粒の涙を流し始めた。アタフタする純也を凱央から見えないように体で壁を作った。
「ほら、泣くんじゃない。良い子だからな?」
「アゥ……アゥ……」
雄太が春香から手渡されたタオルで凱央の涙を拭って、ほっぺたをツンとつついた。凱央はグスグスとグズりながら雄太に縋った。
「よしよし。大丈夫だぞ? 凱央は強い子だからな?」
「アバァ……アゥ……」
雄太の顔を見て泣いていたとは思えないぐらいに、雄太に甘える凱央の姿を見て、春香はホッとして微笑んだ。




