518話
翌日も翌日も、凱央に雄太の映像を見せていた。とは言っても、長時間では慣れてしまって、雄太ではなくテレビの中の人だと思ってしまうかも知れないと思い、短時間にしていた。
『凱央、良い子にしてるか? お馬さんのお友達のウサギさんだぞぉ〜』
画面の中で、一生懸命ぬいぐるみを動かす雄太の優しい笑顔に、凱央だけでなく春香もジッと見入ってしまっていた。
『もう直ぐ帰るからな。今度は泣かないでくれよ?』
きっと凱央には意味は通じないと思ってはいるだろう。だが、これが雄太の本音なんだと春香は思っていた。
(私も待ってるね、雄太くん。早く会いたいな……)
春香のベッドでマッサージをしている時に寝落ちしてしまった雄太の隣で眠る事が最高に幸せだと思っていた。平日は別々の寝室にしているからだ。
雄太をゆっくり眠らせてあげたいからと雄太用の寝室を設けた。雄太より早く起きて朝食を準備する時に起こしたくないのもあったが、凱央の夜泣きで雄太を寝不足にしたくなかった。
(こんな歳なのにって笑われるかも知れないけど、雄太くんと一緒に寝られるのが良いな……。雄太くんの温もりを感じてたい……。手を伸ばしたら触れられる距離にいたい……)
雄太が春香シックになるように、春香も雄太シックになっている。口に出すと困らせると思っている春香は、凱央と一緒に録画映像で雄太が居ない淋しさを一生懸命我慢していた。
(私が雄太くんの夢を一緒に追いかけるって決めたんだもん。だから、我慢しなきゃね。その分、帰ってきたら甘えさせてね、雄太くん)
画面の中の雄太に話しかけてみる。きっと雄太もそう思っているだろう。
その後、遠征から帰った雄太は、また凱央に泣かれた。だが、最初よりは泣く時間は短く、しばらくすると雄太と遊ぶようになっていた。
とは言っても、雄太が帰ってきた頃には、凱央は寝る時間だったので短時間しか遊べなかった。
凱央が寝た後、ゆっくりマッサージを受けながら作戦会議を始める。
「ビデオ作戦は失敗なのかなぁ〜?」
「そんな事はないんじゃない? 会った瞬間は泣くけど、一緒に遊んでたから、成功だと思うよ?」
「そうだな。ごめん。また焦っちゃったな」
「良いよ、そんなの気にしなくても。それに、画面の中の雄太くんにあんなに笑いかけてたじゃない」
春香が録画しておいてくれた映像を見た雄太は泣きそうになってしまったのだ。
テレビに映る自分に満面の笑みを浮かべ、ベビーウォーカーで屈伸をするような仕草ではしゃぐ凱央の姿に胸がいっぱいになった。
翌日も、手を大きく動かし、一生懸命話しかけるように喃語を口にしていた。
「凱央が寝てから新しい映像も撮ったし、きっと最初のように泣かないよ」
「ああ。頑張ってパパを忘れないでいてもらわないとな」
「うん」
春香がマッサージの手を止めて、雄太の背中に頬を寄せた。
「え?」
「雄太くん、凱央の事ばっかりだから、ちょっとヤキモチ焼いてるの」
「ヤ……ヤキモチ……?」
雄太は、そっと体を起こし、春香の顔を見た。
「えっと……私もかまって欲しいな」
頬をピンクに染めながら言う春香をそっと抱き締める。
夢中になると猪突猛進してしまうのは、雄太の良いところであり、悪いところでもある。
凱央に泣かれないようにと考えていてばかりだった事を反省した。
(ちゃんと自分の気持ちを言ってくれるようになったのが嬉しいよな。我慢ばかりされちゃ俺もつらくなるから)
抱き締めた腕の中で幸せそうに笑う春香が愛おしい。
一度、二度とキスをすると、ほんのり春香の体が温かくなるのを感じた。
(明日は小倉に戻らなきゃだし、程々にしなきゃな)
そう思って春香のパジャマの裾から手を忍び込ませる。サラサラとしたシルクのような肌が、自分の手を誘惑するような気がした。
ベビーベッドで寝ている凱央を起こさないように声を我慢している姿が逆に煽られているような気になり、程々にしようと思った決意は脆くも崩れ去った雄太だった。




