516話
小倉遠征を迎えた雄太は、大きなトランクを手に玄関で春香の手をとった。
「じゃあ、行ってくるな」
「いってらっしゃい。気をつけてね?」
「ああ。二週間後な」
思いっきり抱き締めてキスをする。仕事だと言い聞かせても離れがたい。
ベビーウォーカーに乗って自分を見上げる凱央の前に膝をついて目線を合わせる。
「凱央、良い子にしてろよ? お土産買ってくるからな?」
「ウキャウ、ダァ」
プニプニのほっぺたをつつくとニコッと笑う。
次に会う時に泣かれるかも知れないと言う不安を抱えて雄太は小倉へ向かった。
二週間後、順調に勝ち鞍を上げた雄太は滋賀へ一時帰宅した。
そして、その時はやってきた。
「ウヤァ〜ヤァ〜」
「と……凱央ぉ……。パパだよ?」
「ヤァ〜ヤァ〜」
「そんなに泣かないでくれぇ〜」
玄関先で凱央は雄太の顔を見るなり号泣し始めた。春香の服の胸元をギュッと握り締め、大粒の涙を溢しながら、首を横に振っている。
「凱央、パパだよ? 毎日お顔見てるでしょ?」
「ヤァ〜ヤァ〜」
「ん〜。とりあえず、コーヒー淹れるね」
頷いて、トボトボと洗面所に向かった雄太はガチ凹みしていた。
リビングのソファーに座り、ダイニングでベビーチェアに座っている凱央を覗き見る。かなりの距離を取ったが、凱央はグスグスとグズっていた。
(そりゃそうだよな……。二週間も顔を合わさせてなかったら、こうなるよなぁ……)
「はい、どうぞ」
テーブルにコーヒーカップを置かれて、小さく息を吐いて春香の顔を見る。
「覚悟はしてたけど、やっぱりショックだなぁ……」
「うん。やっぱり来ちゃったね。でも、あんまり気にしないでね? 一時的なものだし。ちょこちょこ顔を合わせてるお父さんもお母さんも泣かれて凹んでたぐらいだし」
それまでと同じように、買い物に出たついでに東雲に寄った時、凱央は一時間以上号泣し、直樹と里美をオロオロさせたのだ。
雄太が遠征中なので東雲にお泊りするのも良いかなと考えていたが、人見知り期は無理だなと諦めたのだ。
春香が凱央の傍にいき手を差し出すと、凱央は両手で春香に縋りついた。泣き疲れたのだろう。しばらくするとスースーと寝息をたてて眠った。
「人見知りって、どれぐらい続くんだっけ?」
「ん〜。その子によるんじゃないかなぁ……。でも、人見知りって悪い事じゃないみたいだし、ね?」
「分かってんだけどさぁ……」
春香が凱央をベビーベッドに寝かせると、少しビクッと体を動かしたが、そのまま凱央は眠った。
立ち上がった雄太はそぉっと凱央の寝顔を覗き込んだ。ホットタオルで綺麗に顔を拭かれたのに、泣いた後だと分かるぐらいだった。
「大泣きさせちゃったな。ごめんな、凱央……」
「雄太くん……」
「やっぱり二週間に一回しか会えないと顔忘れるのかも知れないな」
「だからって、毎週帰ってくるの大変でしょ? お仕事優先しないと」
ベビーベッドを覗き込む雄太の背中にそっと手を当てながら言う、春香のほうに向き直る。
「そうだな、ごめん。ギャン泣きされて、ショックが大きかった」
「分かってる。パパっ子だったのに、あんな風に泣かれたら悲しいし、淋しくなるよね」
並んで眠ってる凱央を見詰める。
「バラエティの録画じゃ駄目だったのかな」
「ん〜。バラエティだと共演してる人と話してたりしてるしな。凱央にしたらテレビの中の人って認識なのかも……」
「うん」
雄太は少し顎に手を当てて考えていた。
「よしっ‼ ちょっと出かけてくるっ‼」
「え? え? 雄太くんっ⁉」
雄太は春香にキスをすると、キーケースを手に家を飛び出していった。
(ゆ……雄太くん……? どこに行ったんだろ?)
数十分後、雄太は草津の駅前の電気屋に飛び込んでいた。
「こんにちはっ‼ 店で一番良いビデオカメラくださいっ‼」
「た……鷹羽くん? えっと……ビデオカメラ……?」
「はいっ‼」
鼻息荒くビデオカメラを買い求めた雄太は意気揚々と自宅に戻った。




