515話
7月8日(日曜日)
雄太と純也、そして鈴掛は中京競馬場で開催された高松宮杯G2に出場した。
後方待機していた雄太は、4コーナーを過ぎてから一気に抜き去って一着でゴール板を駆け抜けた。
「あ〜。勝てたと思ったのになぁ〜」
「残念だったな」
遠征先から直で中京に入った純也と鈴掛を乗せて、雄太は機嫌良く滋賀へと車を走らせる。助手席の純也はプゥと頬を膨らませていた。
「よくあんな位置から届いたよな。気がついたら、雄太が後ろから飛んできてビビったぞ」
「ははは。まぁな〜。俺の馬、調子良かったからイケるって思ったんだ」
「チェッ。次は勝つからなっ‼」
先頭集団にいた純也は、ずっと雄太は後方にいたから、まさか差されるとは思っていなかったのだ。
油断していた訳ではないが、純也は驚くと共に感心していた。
雄太と純也のじゃれ合いを後部座席から聞いていた鈴掛は、いつの間にか雄太と重賞で勝ち争いをしている純也の頭をグリグリと撫でた。
「鈴掛さん?」
「純也、お前も上手くなったぞ」
「え?」
「雄太と良い勝負出来るようになったからな。本当、成長したぞ?」
「サンキュっす」
先輩の鈴掛に褒められ、純也は顔をクシャクシャにして喜んでいた。
「明日は、雄太ん家でバーベキューだな」
「そうっす。メチャ楽しみっすよ」
雄太が遠征に出かける前に、庭でバーベキューしないかと持ちかけたのだ。
「ソルが北海道のトウモロコシとか送ってきてくれたんで、それも焼きますよ」
「お? 純也、お前気が利くな」
「送るのはどうかと思ったメロンも持っていくっすよ」
滋賀までの道程をワイワイと賑やかに盛り上がった。
翌朝
「おぉ〜。ガチのバーベキューだぁ〜」
「春香ちゃん、準備大変だったろ? ありがとうな」
ウッドデッキにはバーベキューコンロが置いてあり、炭が熾してあった。
「いらっしゃい。どんどん焼きますから遠慮なく食べてくださいね」
春香は串に刺した肉を焼けた網に乗せていった。
氷を入れた大きな桶には缶ビールなどが浸けてある。雄太は、一つずつ取りタオルで拭くと純也と鈴掛に手渡した。
「乾杯〜」
「美味ぁ~っ‼」
ジュウジュウと音をたてる肉に齧り付き、キンキンに冷えたビールを呑む。
「アスパラの豚肉巻き焼けましたよ〜」
「これも美味いっ‼」
「玉葱も良いな」
雄太が冷蔵庫から、椎茸の肉詰めを出して持ってくると、春香が焼き網の上に並べる。
「春香、焼くの代わるから」
「うん。ありがとう」
春香は玉葱などを取り皿に入れ、凱央の隣に座り食べ始めた。
「凱央、美味しい?」
「ウマウマァ〜」
「塩崎さん、凱央美味しいって」
肉はまだ早いからと、純也の送ってくれたじゃが芋を蒸した物を凱央は美味しそうに食べていた。
「そっかそっか。いっぱい食えよ、凱央」
「ウキャウ」
今日は凱央は機嫌が良いのか鈴掛達に泣く事もなく、ベビーチェアに座り一心不乱にじゃが芋や人参を食べていた。
「梅野さん、残念すね。こんな美味いの食べられなくて」
「だな。あいつ、新潟でやたら調教任されてるらしくて、明日も調教だって言ってたからな」
新潟に滞在している梅野にもバーベキューの声をかけたのだが、火曜日にも何頭も調教を頼まれていて滋賀には戻る余裕がないと言っていた。
『バーベキューしたいぞぉ〜。ビール呑んでベロベロになりたいんだよぉ〜。新潟まで持ってきてくれぇ〜』
新潟の宿舎に電話をした雄太に縋るように言っていたのがおかしくておかしくて堪らなかった。
「馬の能力を引き出したり、上手く調子を整えたりするのが上手いと重宝されんだよ」
「梅野さん、調教上手いですから。それに、頼られて嫌って人はいないでしょうしね」
いずれ調教師になるであろう鈴掛は、梅野の腕を認めていた。そして、調教師になったら主戦として雄太と純也を使いたいと思っているのだ。
(雄太と純也に依頼するのは競争率高そうだけどな)
そう遠くない未来が楽しみでならなかった。




