513話
6月の最終週、札幌に遠征に行っている純也から荷物が届いていた。
「ソルからの荷物ってなんだろ? 初めてじゃないかな?」
調教から帰ってきた雄太は、リビングの隅に置いてある『ワレモノ注意』のシールがいくつも貼ってある段ボールをマジマジと見た。
「大きさの割にそんなに重くなかったんだよね」
「そうなのか?」
雄太はヒョイと段ボールを持ち上げる。春香が言うように、大して重くなかった。
とりあえず開けようとガムテープを剥がし始めた時、電話が鳴った。雄太が子機を取ると、元気な純也の声がした。
『雄太ぁ〜。荷物届いたかぁ〜?』
「あぁ。今、中身を確認しようって思ってたとこだ。これ何だよ?」
『お菓子とかだ。美味そうなのを買ったんだけど、寮に送ったら誰かに食われそうだしさ。んで、雄太ん家に送らせてもらったんだよ』
「あ〜。成る程な」
雄太は、子機を片手に持ちながら段ボールを開けた。中には、箱入りのクッキーやチョコなどがギッシリ入っていた。
「ん? この赤マジックで花丸つけてるのは何だ?」
『それは春さんの分なんだ』
「春香に?」
『ああ。春さん、色んなストレスありそうだろ? 甘い物でも食って、ホッコリする時間も必要だって思ったんだ』
牛の形をしたチョコレートや名所の写真がパッケージにプリントしてあるクッキーや可愛い包みのキャンディがあった。
心優しい親友の春香への気遣いが嬉しかった。
「サンキュ。春香、喜ぶよ」
『ああ。来月には雄太と一緒に高松宮杯だから、そん時まで預かっててくれ』
「了解」
電話を切ってから、一つずつ段ボールから出して、花丸がついた物とついてない物を分けて、純也の分の物を再び段ボールに入れる。
「塩崎さん、何て?」
さっきまで凱央を寝かしつけていた春香はコーヒーを淹れる為にキッチンに立っていた。
「荷物、預かっててくれって。中身は食い物ばっかだけどな」
「食べ物?」
「これは春香にってさ」
クッキーなどの箱をダイニングテーブルの上に置く。
「うわぁ〜。こんなにたくさん」
「ソルが帰ってきたら、また飯食わせてやってくれ」
「うん」
純也にとって雄太は親友であり、春香はぜひと請われてなった友達である。雄太宅で食事をする事も多数あるので、その時のお礼も兼ねているのだろう。
「北海道かぁ〜。函館で食べたイカ焼売とかカニグラタン美味かったなぁ〜」
「私もカニグラタン食べたよ。美味しかった。凱央が大きくなったら、雄太くんが北海道遠征にいく時に行けたらなぁ〜」
「それ良いな。避暑を兼ねて北海道旅行なんて最高じゃないか?」
「うん。ゆっくり牧場とかにも行ってみたいな」
前のように約二ヶ月北海道に居続けなければならなくても、春香が北海道に滞在してくれれば春香シックにもならないだろうと思った。
「色んな楽しみもあるけど、俺が今心配なのは、遠征に行って凱央に忘れられたらどうしようって事だよぉ……」
凱央は人見知りが始まったのか、たまにしか会わない人と顔を合わせた時に、春香に縋りついてしまうようになった。その時の機嫌によっては泣く事もある。
「北海道の時みたいに二ヶ月会えなかったらギャン泣きするだろうなぁ……。マッサージを受けに二週間に一回帰ってきても泣きそうだよな」
「雄太くんが遠征に行く頃って、人見知り期の真っ只中だもんね」
「だろ? 顔見て泣かれたらショックだろうなぁ……」
どの程度顔を合わさないと泣くかは分からない。凱央にとって、二週間と言うのは長いのか、短いのかも分からない。
「遠征に行ってる間、雄太くんの映像見せたらどうかな? レースの時はヘルメットとゴーグルしてるからパパだって分からないと思うけど、バラエティとかの録画だったら顔が分かるじゃない?」
「あ、それ良いかもな」
写真やポスターでは声が聞こえないし、映像のほうが良いかと思ったのだ。
今はパパ大好きな凱央だが、人見知りがどれぐらいか分からない。
忘れられたらどうしようかと不安になる雄太だった。




