50話
「ま、良かったよな」
雄太は、唐突に真面目な声になった鈴掛の方を向いた。
「はい?」
「左足。俺、あの腫れ方を見た時は、お前のデビュー戦は早くて4月上旬。遅かったら下旬近くまでずれ込むって思ったからな。お前はさ、『天才』と呼ばれた『慎一郎 調教師の息子』って呼ばれるの嫌だろうけど、騎乗依頼する側からしたら『天才騎手鷹羽慎一郎の息子』ってのに期待しちまうの分かってんだろ?」
「……分かってます……」
いくら騎手学校を主席で卒業しても、デビューしたての十七歳の子供に大切な馬を任せるのだから、依頼する側があれこれ考えるのは当たり前なのだ。
その迷う中で『天才騎手鷹羽慎一郎の息子』と言うのは魅力的で期待値も高くなる。
その上、学校での成績が優秀となれば、他の新人騎手がやっかんでもおかしくないぐらいに雄太は恵まれている。
「お前はその期待を、自分の不注意で吹っ飛ばしそうになったんだ。これからは、油断しないで気を付けるんだぞ?」
「はい。治ると信じて乗り替わりをしないでいてくれた調教師方や馬主さん方にも感謝してるし、鈴掛さんにも梅野さんにも感謝しています」
雄太はきちんと正座をして、二人に頭を下げた。
「治してくれた上に、出血大サービスな施術と施術費にしてくれた市村さんにもなぁ~」
「はい」
梅野は優しく笑いながら、雄太の頭をグリグリと撫でた。
「お前の性格からして、春香ちゃんに感謝はするだろうとは思ってたけど、まさか惚れるとはなぁ~」
真面目な調子で話してた鈴掛が一転、いつものからかうような笑いを浮かべる。
(うぅ……。鈴掛さんも梅野さんも、真面目がウルトラマンだからな……)
雄太はガックリと肩を落とす。
「言っとくが、俺はお前が春香ちゃんに惚れた事をどうこう言うつもりはないからな? お前が、女にうつつをぬかして競馬を疎かにする奴だとは思ってない。好きな女が出来たら、仕事にもハリが出るだろ? お前、春香ちゃんに格好良い所を見てもらいたいんだろ?」
雄太はコクコクと何度も頷いた。
「今回の事は仕方ないって思って諦めろ。頑張って勝ち鞍上げて、テレビの放送時間内のレースの鞍上を務められるようになれ」
「はい。頑張ります」
(そうだ……。俺は、まだデビューすらしていない。これから精一杯頑張って勝ち鞍上げて、市村さんにテレビで見てもらうんだ)




