503話
全レースを終えた雄太と鈴掛は、新幹線に乗り、ホッと息を吐いた。
「お疲れ、雄太。色々あったよな」
「お疲れ様でした。何か巻き込んじゃって……」
「バーカ。お前が巻き込まなくても、俺は自ら巻き込まれにいくぞ? 今回の事は、お前とハーティファンだけの話じゃ収まらないじゃねぇか」
そう言って鈴掛は駅の売店で買ったビールをグイッと呑む。
パドックで騒ぎを起こした二人組は、競馬場への出禁を喰らった。パドックで罵声を浴びせた人へは厳重注意をし、また騒ぎを起こしたら出禁と言う処置がくだされた。
ただ、出禁といっても、確実には出来ないだろうと雄太も鈴掛も思っていた。
「慎一郎調教師がな、お前に何か投げ付けたり、馬に危害を加えたりしたらブン殴ってやるところだったって言ってたぞ?」
「え゙……。そんな事したら調教師免許剥奪じゃないんですか?」
「そんくらい、慎一郎調教師も腸煮えくり返ってたんだろうな。藤波調教師には、冷静に話してたみたいだけど」
競馬に関しては、人一倍では済まないぐらいに厳しい慎一郎ならやりかねないと雄太は思ってしまった。
「調教師としての考えもあるんだろうとは思いますけど……。さすがにブン殴るのは……」
「馬へ騎乗依頼出している調教師としての立場もだろうけど、騎手鷹羽雄太の父としても苛立ったんだろうな。後、春香ちゃんや凱央への影響もあったからな」
春香や凱央の事はあるかも知れないが、おそらく父親としてと言うのは頭になかったのではないかと雄太は思う。
競馬に関わると『調教師鷹羽慎一郎』になり、『鷹羽雄太の父の鷹羽慎一郎』である事は、スッポリ抜け落ちるのだ。
「まぁ、これで少しは落ち着くでしょうね」
「だな。で、あの嫌がらせの手紙はどうするんだ?」
「俺はゴミとして捨てようって思ってたんですよ。家にあっても気持ち良い物ではないですから。そしたら、藤波調教師が『預からせて欲しい』って」
雄太の言葉に、鈴掛のビールを持った手が止まる。
「預かる……? どうするんだろな?」
「さぁ……。かなり藤波調教師も悩んでおられたのは分かったんですよ。今日も難しい顔をしておられたんで……」
「だなぁ……」
藤波は優しい顔立ちをしていて、トレセンでも競馬場でも穏やかな顔をしている事が多い。
競馬場では『後は騎手に任せるだけだ。調教師には何か出来る訳じゃない。俺達の仕事は、馬を競馬場に送り出すまで……だからな』と言っている姿をよく見かけていた。
(持っていて気持ちの良い物じゃないから、神社に持って行って、お焚き上げでもしてもらうのかも知れねぇな)
またグイッとビールをあおる。久し振りに酒が美味いと思った。
「まあ……。今日はさ、色々あったのに、よく勝てたな」
「……ええ」
朝から、落ち着いて乗る事が難しかったと思う。
今まで経験した事がなかった事だった。雄太達だけでなく、職員達も驚いただろうし、上手く対処出来なかったと反省していたと聞いた。
「自分の贔屓の馬に必死になる事は悪い事じゃないですよね。一生懸命応援したくなる馬がレースに出られる。それ自体は凄い事なんだって思うんですよ」
「そうだな。好きな馬が走るのを見たい人。ただ、競馬が好きだって人。色んな人がいて当たり前だ」
鈴掛自身も騎手になりたいと思うぐらいに惚れ込んだ馬がいたから、今の自分があると思っている。
だから、ハーティファンの気持ちが分からなくもない。
「ええ。馬産牧場の人達だって、馬主さんだって、調教師だって、みんな一頭の馬に思いを寄せて夢を見る……。年間、何千頭もの馬が産まれて、その中から強い馬や好きな馬がレースで走る……。自分の贔屓の馬以外は、どうでも良いと言わんばかりの言動は……許せないんです。それぞれの馬を大切に思う人がいるんだから……」
ファンの気持ちを理解しながらも、馬を傷つけかねない今回の騒動は、どうしても許す事は出来ないと思う雄太だった。




