497話
雄太が電話をした後、自宅を訪れた業者に防犯カメラの増設と人感センサー付きライトを設置を注文した。更に玄関前はポストと門扉、道路が映るように暗視カメラも設置する事にした。
「物々しいけど、春香と凱央を守る為だ。夜中に来るとかも考えなきゃならないからな」
雄太の真剣な顔を見て、鈴掛は雄太が何より春香達を守りたいのだと言う事をヒシヒシと感じた。
雄太の決意を感じた春香は、防犯カメラの映像をDVDに保存する作業をしていた。
「最初は怖くて仕方なかったけど、やっぱり許せない。雄太くんは泥棒なんかじゃない。乗り替わりはあって当たり前だもん。一頭の馬は一人の騎手しか乗れない訳じゃないんだから」
パソコンを操作しながら、春香は力強い声で雄太達に話す。
「馬の適性や調子に合わせて出走するレースを決めるんだ。そのレースがある競馬場に決められた騎手がいなかったら馬も出走のチャンスを逃す。乗り替わりが出来なかったら、もし担当騎手が怪我をしてしまったら、絶好調の馬は出走が出来なくなる。乗り替わりは、馬の為でもあるんだ」
「ええ。手が合わなかったり、相性の悪い騎手が乗り続けて、馬の短い競走馬としての期間を棒に振らせてしまうなんてあり得ないです」
近い将来、調教師になるだろうと思っている鈴掛は、もし自分の管理馬でこのような問題が起きたらと思うと他人事ではないと思った。
そろそろ引退するかも知れないと思うカームは、ずっと雄太が乗っていた訳ではない。
『カームマリンに鷹羽雄太が乗ってなかったら菊花賞も獲れてなかっただろうし、種牡馬になれる可能性はなかったかも知れない』
静川は、競馬新聞の取材にそう答えていた。
カームに乗っていた先輩騎手も、自分ではカームの才能は花開かなかっただろうとも言っていた。
(内々だと分かる事が多いってのは理解してるけど、外向きに発信もしているのに……)
一頭の馬に思い入れるのは悪い事ではない。その馬の存在に心が救われたり、レースを見て感動を覚えるのは良い事だと思う。
ただ、常識から外れた行動を取ったりする事が許せないのだ。
「競馬を愛するなら、競馬を悪く言われる言動はするべきじゃない」
雄太だけでなく、鈴掛もそう思っている。純也と梅野に話しても、同じように言うだろうし、慎一郎や辰野もきっと同じだと思う。
春香は何度も録画データを見返し、雄太への暴言は許せないと怒りを胸に秘めていた。
「凱央、お庭に出ようね〜」
「アゥ〜」
散歩に出ようかと思ったが、万が一ポストに手紙を入れに来た人と鉢合わせするのも怖いと思い、春香は庭で凱央の日光浴をする事にした。
将来、慎一郎達の家を建てる用に空けてある場所は、今は芝生を敷き詰めてある。
そして、大きなプランターがいくつも並べてあり、野菜の苗を植えてあった。
「あ、ほら。蝶々が飛んでるよ」
「ダァ〜。バァ〜」
ベビーカーの近くをモンシロチョウがヒラヒラと飛んできて、凱央は小さな手を懸命に伸ばしていた。
その様子をウッドデッキから雄太と鈴掛は眺めていた。
「春香ちゃんと凱央に何もない事を一番に願うぞ」
鈴掛の父親モードは、今も健在のようでジッと二人を見ていた。
「ええ……。俺、今程ここを建てて良かったって思う事はなかったですよ……。もし、前の借家だったらって思うと仕事中に何かあるかもって思ったら集中出来なくなってたかも知れないですから……」
「そうだな」
高い塀といくつもの防犯カメラ。侵入する人間が居ないように工夫を凝らした窓。
それをこの短期間で強化するとは思ってもなかったが、春香と凱央を守る為ならどれだけの費用がかかっても惜しくはないと思った。
(雄太がハーティに乗る事になったのは馬主の意向なのにな……。もしかしたら、若くして成功者になった妬み僻みもあるかも知れないな……)
春香に呼ばれて庭におりアスパラを収穫している雄太と、隣で笑っている春香を見守る気持ちが更に強くなった鈴掛だった。




