496話
翌日、客間で目を覚ました雄太は、ジッと天井を見詰めていた。
「なぁ……雄太」
「あ、鈴掛さん。起きてました?」
「ああ」
隣で寝ていると思った鈴掛は、既に起きていたようだ。
二人は起き上がる事をせず、言葉を飲み込んでしまう。
『ハーティを返せ』『泥棒野郎』
昨日、目にしてしまった文言が忘れられない。
鈴掛も何度も何度も乗り替わりを経験している。雄太も経験してきたが、こんな事は初めてだった。
「……どうしようかと思って、何か出来る事があるでしょうか……?」
「……そうだな……。料金不足を拒否する事は出来ても、直接ポストに入れられるのは防ぎようがないよな……」
「そうですよね……」
昨夜、防犯カメラの録画データを確認した。フードを深く被っている奴。帽子を深く深く被っている奴。何人も何人もポストに封筒を入れて去っていっていた。
「書いて……って言うか貼り付けてある文言がアレじゃあ、脅迫罪に問えないよな?」
「脅迫罪……ですか?」
「ああ。『ハーティを返せ』とかだと無理だろ? それこそ、身体に何らかの危害を加える……とかならいけるだろうけどな」
雄太も鈴掛も法律に詳しい訳じゃない。だが、もし春香や凱央に危害を加えるとか書いていたら、今日警察に相談に出向いていただろうと思う。
「……雄太。お前さ、ファンレターもらってただろ? あの中にもああ言うのあったんじゃないのか?」
「あ……。まだ読んでないヤツの中にあるのかも知れないです。料金不足は受け取り拒否してるでしょうけど……」
二人は布団から抜け出すと、ファンレターのある雄太の部屋にいった。部屋の隅に置いていた箱をひっくり返して、一通ずつ表書きを確認する。
「これ、おかしくないか?」
「これも、変と言えば変ですよね?」
定規を使って書いたようなカクカクした文字の物や左手で書いたように不自然なような物がいくつか見つかった。
中を確認すると、全て同じような文章だった。
「……さすがに厩舎宛にあの切り貼りで送ったら、お前の手元には届かないだろうって分かってやがるな……」
「ええ……」
雄太は春香の悲しそうな表情を思い出し、封筒を箱の一番下に押し込んだ。
「雄太?」
「どうするにしても、これは証拠になりますから……。春香はファンレターは見ないですから底に隠しておきます」
「そうだな……」
時計を見ると、八時少し前だ。春香が朝食が出来たと呼びにくる前に、二人はリビングへと向かった。
(今日で寮に戻るつもりだったが、安田記念までいたほうが良いか……。雄太が取材や撮影で居ない時に何かあったら、春香ちゃん一人で対処させたくないからな)
鈴掛は、凱央が乗ったバウンサーをユラユラと揺らしながら、洗い物をしている春香を見た。
昨夜より、少し落ち着いた感じに見えるが、雄太や自分に心配かけまいと、無理に笑っているように思えてしまった。
「鈴掛さん」
「電話終わったか?」
「ええ。カタログを持って来てくれるそうです」
電話の子機を持った雄太が廊下から戻ってきて、凱央の横に座り片手でかまいながら話す。
「春香、ちょっと良いか?」
「うん」
洗い物を終えた春香は、手を拭きながら歩み寄り雄太の前に座った。
「道路に面した防犯カメラを増やして、センサーライトも設置するから」
雄太の言葉の意味を理解した春香は深く頷いた。
「塀が高いから忍び込まれるとかはないだろうけど、万が一を考えながら外に出てくれよな? ゴミ捨てとかの短時間でも鍵はしっかりかけてくれ。周囲の確認もな?」
「うん。雄太くんも気をつけてね?」
「ああ」
気味が悪い手紙や腹立たしい手紙に苛立ちはつのるが、春香と凱央に何かあったらと思うと雄太の心は乱れに乱れた。
(もし……もし、春香と凱央に何かしたら許さないからな……。どこに逃げても草の根かき分けてでも探し出して、一生後悔させてやる……)
そうは思ったものの、やはり春香と凱央には何もないのが一番だと雄太は思っていた。




