49話
「雄太……。お前、慎一郎 調教師が現役の頃のレース見た事あるんだよな? 競馬場じゃなくて、さ」
倒れた梅野に代わって、鈴掛が真面目な声で雄太を見ながら訊いた。
「え? もちろん見てましたよ? テレビで……あっ‼ お……俺が出るレースは……放送時間内じゃない……」
「ぶはははっ‼ お前……お前、市村さんに……ぶはははっ‼」
倒れた梅野が復活したかと思ったら笑い転げ始めた。
(この笑い上戸め)
いつもならそう思うのだが、雄太はそれどころではなく青ざめた。
「鈴掛さんっ‼ 俺、どうしたら良いんですかっ⁉」
笑い転げる梅野を放置して、雄太は鈴掛に縋った。
「どうするもこうするも、俺達は調整ルームに入ったらどうにも出来んだろうが。外部と連絡取るのには仲介が必要なんだぞ? それも相手は家族限定だ。お前、自分の親……慎一郎 調教師は無理としても、理保さんに『惚れた女に言伝て頼む』って言えんのか?」
(え……。母さんに市村さんに伝言して欲しいなんて……言えないっ‼ 恥ずかし過ぎるっ‼ 絶対無理だっ‼)
雄太は、ブンブンと首が取れるかのような勢いで横に振った。
そんな雄太の肩を鈴掛はポンと叩いた。
「レースは放送してない時間だが、放送中にダイジェストで結果は流れるからそれを見てもらえ。12Rは放送終了後だから諦めろ」
「俺……。俺……市村さんのおかげで ちゃんと治ってデビュー出来て騎乗出来たって所も見て欲しかったんですよぉ……」
ガックリとうなだれた雄太の太ももを、笑い過ぎてゼイゼイと息を切らした梅野がペチペチと叩いた。
「ゆ……雄太ぁ……。お前、鈴掛さんが『惚れた女』って言ったの……否定しなくて良かったのかぁ〜? あぁ~。腹筋崩壊したぁ~。」
「え? あ……」
青ざめていた雄太の顔が、今度は真っ赤になった。
ゆっくりと鈴掛を見ると、鈴掛は何とも言えない生温かい目で雄太を見ていた。
「うぅ……。大人って……大人って……」
(簡単に引っ掛かった俺がバカなんだけどぉ……)
雄太は頭を抱えた。
「大人舐めんなよ~? てか、お前って本当に競馬バカで競馬以外は不器用だよなぁ~」
梅野は楽しそうに、雄太の太ももをツンツンとつつきながら言う。
(うぅ……。本当の事だけどっ‼ 本当の事だけどっ‼ 俺……ポンコツだぁ……。市村さんの事、鈴掛さんにもバレた……。梅野さんだけでも厄介なのにぃ……)




