492話
週末の4日、5日、6日は三日間開催になっている。
(もしかして……俺、三日間開催で明日木曜日から調整ルームに入らなきゃなんないって事で淋しくなってたのか……? それはそれで……恥ずかしいような……? 俺が女々しいって思われそうだし……。うん、誰にも言わないでおこう……)
自分が春香にベタ惚れしてる自覚はある。長期遠征に出る時は、途中で戻ってきてしまうのだ。
表向きは『春香にマッサージをしてもらって体のメンテナンスをする』と言う事にしているが、やはり春香に会いたいと思ってしまうからだ。
昔気質の調教師達には怒鳴られそうではあるが、春香シックになるのだから仕方がない。
勝ちたいからこそ、春香に会ってモチベーションを保ち、メンテナンスしてもらうのだ。
(これだけ春香と離れるのが嫌だって思うのに、レースだけじゃなくて調教中も春香の事を忘れるんだよなぁ……。俺って二重人格だったりするのかな?)
「お〜い、雄太」
「あ、鈴掛さん。ミーティング終わりました?」
慎一郎の厩舎の前を通ると、鈴掛が声をかけてきた。
「ああ。……そのデカい箱は?」
「え? あぁ〜。ファンレターです。トレセン宛とか厩舎宛とかまとめてもらったら、こんなにあって」
「……それ、全部読んでるのか……?」
「一応、目は通してます。でも、時間がなくて、読めてないのが溜まってるんですよね」
「……だろうな」
箱から見えているピンクの封筒や女の子が好んで使ってそうなキャラクター物の封筒は、おそらくは女性ファンからの手紙だろう。
「……春香ちゃん、ヤキモチ焼かないのか?」
「あはは……。正直、妬いてますよ。でも、『ファンは大事だしね』って言ってますね」
梅野は見た目がイケメンで独身だからモテても良いだろうが、雄太は既婚者である。ファンがいる事はありがたいが、若い女の子にキャーキャー言われている夫を見ていて、良い気がするのだろうかと鈴掛は気になったのだ。
(春香ちゃんのストレスになってないと良いがなぁ……。ファンが要らないと言う訳にもいかないだろうし……)
お偉方からしたら、騎手目当てでも競馬場に足を運んでくれている人がいるのはありがたいだろう。それで、馬券を勝ってくれたりすれば、売り上げになるのだから御の字だ。
「とりあえず帰りましょうか?」
「ん? ああ、慎一郎調教師が話があるそうなんだ。戻る時に電話入れるから」
(父さんが……? 何の話だろう……?)
打ち合わせが終わってからとなると、プライベートな話だろうと雄太は思った。
(どんな話か分からないけど、後で話してくれるかな? まぁ、俺から訊くのはやめておくけど)
鈴掛の元妻達の事は、雄太的に踏み込み過ぎてしまった感があったのだ。鈴掛から『助けてもらった』と言ってもらえたから良かったが。
(プライベートに踏み込む時って距離感が気になるんだよなぁ……。『これ以上は駄目だぞ』って思うラインが、人によっても違うしなぁ……)
殆ど付き合いのない人間にズカズカと踏み込まれたら、雄太は嫌だなと思うかも知れないと思った。それが、親切心からの行動だったとしてもだ。
だからといって、人が困っていたら放置や見て見ぬ振りは出来ないとも思ってしまう。
(助けるのは相手によるけどな。冷たいって思われても、助けたくないって思ってしまう人間はいる……)
下川のように和解出来たなら助けるだろう。小柴は、まだ助ける気にはなれていない。
「それあるなら車で送るぞ」
「大丈夫ですよ。歩いても、そんなに時間かからないし」
今朝、出勤する時に小雨が降っていたので、鈴掛の車でトレセンまできたのだ。
今も雄太の家で寝起きをしているが、エンジンをかけずに放置しているとバッテリーが上がるしと鈴掛は車を寮からとってきていた。
「そうか? じゃあ、気をつけてな」
「はい。じゃあ、お先に」
「おう」
鈴掛と慎一郎の話が何なのか気になりながらも、早く帰って春香と凱央の顔が見たいと思い、雄太は自宅へと急いだ。




