490話
雄太は寝返りをうち、隣に眠る春香の温もりを感じ目を覚ました。
(春香、本当に嬉しそうだったな。何回、重賞を獲っても、その度に目一杯喜んでくれて……)
G1を勝つ度に用意してくれている新しいネグリジェ。今回のは、ピンク地に白いレースが幾重にもなっている物だった。
「春香、いちごアイスのパフェみたいだ」
「えへ。私も、お店でそう思ったんだぁ〜」
甘いと思えるような色合いの春香をそっと抱き締めキスをする。雄太の腕に春香は縋るように手を絡めた。
「ん……。ふぅ……。はぁ……。んふ」
キスが深く深くなるになるにつれ漏れ聞こえる甘い声にゾクゾクする。唇を離すと、蕩けそうな顔をした春香に我慢が出来なくなった。
(普段のパジャマ姿とは全然違うから、余計に色っぽく見えちゃうんだよな。しかも、しばらく出来なかったし)
胸元だけでなく、内モモにもいくつも残したキスマーク。グッタリとしてしまうくらいに抱きつぶしてしまった。
凱央はテレビを見ながらはしゃいでいたのと、家族だけの祝勝会をする為に買い物に出かけたのもあって、夜中に起きる事もなかった。
(俺、こんなに幸せで良いのかなって思うぐらいに幸せだ……)
モゾッと動いた春香が薄っすらと目を開ける。
「おはよう、春香」
「ん……。おはよう、雄太くん」
そう言った春香が雄太の胸に顔を寄せる。ギュッと抱き締めると、黙って抱き締め返してくれる。
(俺の……俺だけの天使だ……)
凱央が起きるまで、ずっと抱き合っていた。
八時少し過ぎた頃。東京の鈴掛から電話が入った。
「分かりました。じゃあ、気をつけて帰ってきてください」
雄太が電話を終えるのを、春香はキッチンで片付けしながら待っていた。
「春香、鈴掛さん昼飯は済ませてから戻るって」
「うん。じゃあ、夕飯考えなきゃ。何にしようかなぁ〜」
「そうだなぁ〜。昨日、海鮮だったし今日は……やっぱり」
「お肉だよね。すき焼きとか、しゃぶしゃぶとか」
まだ月曜日だから、斤量は気にしなくても良いだろうと雄太は思う。雄太は体質的に太らないが、鈴掛はしっかり気にかけている。
野菜しか食べてなのではと思われがちではあるが、意外と肉好きな騎手は多い。純也は言うまでもなく、梅野も鈴掛も肉が好きだ。
純也ほどのガッツリ食べる大食いは稀ではある。
「お肉屋さんが開店したら、電話してお肉の入荷状況を訊いてみるね」
「そうだな。で、良い匂いしてるんだけど、何を作ってるんだ?」
朝食の片付けをした後、春香はキッチンで何やら作業をしていた。ガラスのボウルや泡だて器を持って、何かを作っているのを凱央をかまいながら見ていた。
「ふわふわのレアチーズケーキだよ」
「へぇ〜。家で作れるとなったら、糖分とか控えたり出来るって事だな?」
「正解〜。お店みたいに上手く作るのは出来ないけど、好みの味に出来るしね」
そうは言うが、きっと商店街のケーキ屋からコツなどを教えてもらっているのだろう。
「俺、レアチーズケーキって『ふわふわ』じゃなかった気がするんだけど?」
「うん。ふわふわのも良いかなって」
楽しそうにチーズケーキを作り終わった春香と凱央を連れて、ランチをしに出かけた。
「おかえりなさい、鈴掛さん」
「春香ちゃん、ただいま」
疲れが残っていた鈴掛は風呂に向かった。
のんびりと湯船に浸かり、バスピローに頭をあずける。ほんの数日間一緒に暮らした雄太の家に『帰ってきた』感がするのが嬉しかった。
(雄太と春香ちゃんのかもし出す空気感……か?)
鈴掛を見て微笑む春香と凱央と遊びながらにこやかに笑う雄太。
そして、抱っこをしてかまうと声を出して笑う凱央。
(純也がここに住みたいって言ったのが理解出来る時がくるとはな)
新婚と言っても差し支えがない雄太夫婦の暮らしを邪魔するなと純也に言った事を思い出して、鈴掛はおかしくなりひとしきり笑って風呂を楽しんだ。




