488話
京都競馬場 10R 第101回天皇賞春 G1 15:30発走 芝3200m
カームの最終オッズは1.5倍の一番人気。
本馬場に入場をした時も、輪乗りをしている時も、カームは落ち着いていて貫禄すら感じさせていた。
毛艶も良く、気合いも良い感じで入っている。
「カーム、頑張ろうな。距離は今までで一番長いけど、お前なら大丈夫だ。信じてるからな。俺の騎乗を信じてくれよ」
カームはブルブルっと首を振った。その様子は『任せろ』と言っているようだ。
高らかに響き渡るファンファーレ。観客席から上がる大歓声。
「頼むぞ、相棒」
カームはグッと前を見るとゲートに向かった。
ゲートに入り、他馬がゲートインするのを大人しく待つ。
ガシャンっ‼
ゲートが開くとカームはいつも通り綺麗にスタートを決め、中団についた。そして、内枠だったカームを雄太はスルスルと外へ導き、一周目の正面スタンド前を通過して行く。
蹄鉄が地面を蹴り上げるドドドッと言う音と、大歓声が京都競馬場に響き渡る。
カメラが雄太の姿を映し出す。カームの背で安定した騎乗姿勢をとっている雄太が頼もしく思える。
(そう言えば鈴掛さんも梅野さんも、雄太くんの騎乗姿勢は綺麗だって言ってたっけ……あ……)
まだまだ先が長いのに、自分が息を詰めていた事に気づいた春香は、大きく息を吸い込んでから凱央を見た。
凱央はテレビの画面をジッと見ている。雄太の姿が見えているかのように。
(雄太くんの事が分かってる? まさかね……。馬っていう認識は出来ないとは思うんだけど、カームには会ったから分かる……とか? でも、こんな月齢の子の記憶って、そんなに長く保てるかなぁ……? しかも馬の区別なんて出来ないよねぇ……?)
画面の中、向こう正面にかかると、カームはまた少し順位を上げ、先頭争いを見据える位置についた。
3コーナーを過ぎ、4コーナーにかかると、グンッと加速を始めたカームは先頭に躍り出た。
「カームっ‼ 雄太くんっ‼ 頑張ってっ‼」
直線コースに入ると横に広がり、追い縋る他馬達との壮絶な先頭争いが繰り広げられる。
「もう少しっ‼ 前にいってっ‼ 雄太くんっ‼ カームっ‼ 負けないでっ‼」
疲れたのか、順位を上げられなくなった集団を置き去りにした二頭での争いが、画面いっぱいに映し出される。
カームが前に出たと思った時、外から追い縋る馬がグングンと差を詰めてきた。
「雄太くんっ‼ カームっ‼」
十三万人超の大歓声が場内に響き渡る。その中、カームは一着でゴール板を駆け抜けた。
「あ……あ……。勝った……。カームが……雄太くんが……」
涙が溢れ出し、頬を伝った。
ウィニングランをしているカームの姿が滲む。正面スタンド前に戻り、拳を突き上げている雄太の姿が滲む。顔見知りの厩務員が笑っているのが滲む。
(おめでとう、雄太くん……。頑張ったね、カーム……)
勝利騎手インタビューで、笑みを浮かべる雄太が本当に嬉しそうで、春香も嬉しくなり頬に流れる涙を拭った。
「アゥ……ウキャウ〜」
「凱央、パパ勝ったね。またカームに会いにいこうね」
「ウダァ〜」
インタビューが終わり、観客席に向けて右手を挙げた雄太が、胸元に左手を当てた。
(え? あ……)
そこで中継は途切れ、スタジオの出演者が映る。
(ありがとう、雄太くん。大好き。世界一の旦那様だよ)
春香はテレビを消すと、お祝いの準備を始める為に立ち上がった。
「雄太ぁ〜。お前、インタビューの最後のアレ何だよぉ〜」
「え? 別に良いでしょ? 俺の騎乗は天皇賞で終わりなんだし」
「この愛妻家めぇ〜」
雄太が結婚指輪をネックレスに通して着けているのを知っている梅野が笑顔で脇腹を肘でつつく。
「良いけどぉ〜。おめでとうなぁ〜」
「ありがとうございます」
梅野は最終レースに出る為に小走りで控え室へ向かった。
(春香、やったぞ)
雄太はグッと右手を握り締めた。




