486話
滑るように進む新幹線の車内で、鈴掛は窓の外を見て、思った以上に自分が落ち着いている事を感じていた。
(まだ一週間経ってないのにな)
乗車前に買った缶コーヒーを一口飲む。
ジクジクと傷んでいた胸の痛みは、いつの間にか薄れていた。
(雄太は純也や梅野のように賑やかなタイプだとは思ってなかったけど、春香ちゃんといると意外とおしゃべりなんだな)
雄太は突っ込んだ事は訊かなかった。春香にいたっては何も訊かずに、食事を作り、マッサージをしてくれた。
(考える時間をくれる……って感じだったな。まぁ、雄太と春香ちゃんの夫婦漫才を聞いて、凱央をかまってたら、一人で世界中の不幸を背負った気になってたのがブッ飛んでたんだよなぁ〜。あいつら……本当に……)
特別な事はしていない。そんな感じの二人が自然に癒してくれていくのが分かった。凱央にいたっては、笑って泣いていただけだが、無垢な笑顔が心の傷に薬を塗っていってくれた気がした。
(本当、良い夫婦だよ)
慎一郎の息子である上、非凡な才能があった故に大人達の自分勝手な期待を押しつけられていた雄太。活躍すればするほどマスコミに騒がれ、心無い記事を書かれたりもした。
同じ騎手に、妬み僻みから嫌がらせを受けたりしているのも知っていた。何度かそう言う場面にも出くわしたり、相手方の騎手に苦言を呈した事も一度や二度ではない。
それでも折れたり腐ったりせずに自分を貫いている雄太に叱咤激励をした事もあった。
(いつの間にか大人になったんだな、あいつも……)
子供の頃から知っていた雄太が、今やリーディング争いをするまでに成長した事が嬉しかった。
(負けてらんないよな、俺も)
缶コーヒーを飲み干し、少し目を閉じた。
京都競馬場の調整ルームに着いた雄太はバッグを持って歩いていた。
「雄太ぁ〜」
「ソル……お前、また髪が真っ赤じゃないか」
「伸びてきたから昨日染めた。……じゃなくて」
純也は雄太の耳元に口を寄せた。
「鈴掛さんは?」
「……とりあえず部屋に行こう」
純也は頷くと雄太の部屋へと向かった。部屋に入り、雄太が荷物を置き座ると、膝を突き合わせるように純也も座った。
「鈴掛さん、どうしてた? 全然、寮に帰ってこないしさぁ……」
「だいぶ元気になったと思うぞ? 斤量を気にしながらも食事もしっかりとってるし」
「そっかぁ……。なら良いんだけど」
純也はホッと息を吐いた。かなり心配はしていたようだが、中々雄太と話すタイミングがなかったのだ。
「梅野さんは、何度か話したみたいで様子を聞いたら『雄太と春香さんに任せておけば大丈夫だって』って言うだけだったんだよな」
「月曜日は確かに考え込んだりしてたな。けど、だんだん、上向きにはなったと思うんだ」
鈴掛が東京へ向かう事に気を揉んでいた雄太だったが、から元気だったとしても、呼んだタクシーが来るまで、凱央と遊んでいた姿に、そこまでの憂いは必要ないかと思った。
「鈴掛さんさ、まだ関東方面の依頼残ってるだろ? 俺、気になっちゃって気になっちゃってさぁ〜」
「俺も、まだ東京へ向かうのはつらいんじゃないかって思ったぞ」
「やっぱそう思うよな。けどさ、もう関東の依頼ばっかにはしないよな?」
東京の開催は6月の二週目まであるが、そんな先の依頼はもらってはいないはずだ。
「完璧に傷が癒えた訳じゃないのは確かだと思うんだ。東京だと帰りが遅くなるし、ホテルに泊まってから戻るって言ってたんだよ。で、帰ったら春香の飯が食いたいから頼めるかって言ってたから、まだ寮には帰らないんじゃないかな?」
「そっか。忘れるのは無理だとは思うんだよ。けどさ、元嫁の事や美代ちゃんの事を考える時間が減ってくれたら良いかなって思うんだ」
純也は真っ赤な前髪を弄りながら、一人東京競馬場に向かった鈴掛の心が癒されて欲しいと願った。
それは、福島競馬場に向かった梅野も同じだった。
雄太は深く頷き、優しい親友の肩をポンと叩いた。




