48話
2月28日(土曜日)
阪神競馬場の調整ルームに入ってから、雄太は真剣にボールペンを手にノートに向かっていた。
(ん~。何か違う……。こんなの俺自身が、毎回同じように書ける気がしないし……。駄目だぁ……。サインって難しくね?)
大きくバツをつけて、雄太は頭をガシガシとかく。
「雄太ぁ~。何してんのぉ~?」
いつの間にか部屋に入って来ていた梅野が、ヒョイと雄太の手元を覗き込む。
「……もしかして、サイン考えてんのかぁ〜?」
「う……」
何度も書いてはバツで消してあるノートを見られて、雄太の顔は一気に赤くなる。
「明日、どう騎乗するか考えてるのかと思ったら……」
「す……鈴掛さん……。ちゃんと、どう騎乗するか考えました。こ……これは 息抜きで……」
梅野の後ろで、ヤレヤレといった呆れ顔で鈴掛が立っていた。
「デビューしたてって浮かれてサイン考えたりするけど、いやに真剣じゃないかぁ~」
梅野がバツだらけのノートをつつく。
「お……俺だってサイン考えるとか早いかな~って思ってましたけど、サイン欲しいっ言われたから……あ」
(ヤ……ヤバっ‼)
ついうっかりと口にしてしまい口を閉じたが遅かった。
「ゆ・う・た・くぅ~ん。誰と約束したのかなぁ~?」
「い……言いませんっ‼」
雄太は頬をひきつらせながら抵抗するが、梅野がニコニコと笑いながらにじり寄る。
「す……鈴掛さんっ‼ 助けてくださいっ‼」
ジリジリとにじり寄る梅野の肩を押さえながら、雄太は鈴掛に助けを求めたが
「あぁ~。そのモードに入った梅野は俺じゃ止めらんねぇから諦めろ」
と言って、壁を背もたれにして座り込んだ。
「さぁ、雄太ぁ~。誰と約束したか言おうかぁ~? 早く言わないと、他の部屋で駄弁ってる純也が帰って来ちゃうけどぉ~? 良いのぉ~?」
(こ……このモードの梅野さんだけでもヤバいのに、ソルに聞かれたら……。ヤバ過ぎるっ‼)
「い……市村さんですっ‼ 明日の初騎乗を見て欲しいって言ったら、サイン欲しいって言われてっ‼ 約束しましたっ‼ 」
「明日のレース……?」
雄太の答えに、にじり寄っていた梅野が目を丸くして ピタッと止まった。
「お前、明日の騎乗って4、6、8、12だったよな?」
鈴掛が真面目な顔で雄太に確認する。
「え? あ、はい」
雄太が答えると、パタリと梅野が倒れた。
「う……梅野さん……?」




