485話
4月27日(金曜日)
鈴掛は、騎乗依頼のある東京へと向かった。
(あんな事がある前に依頼もらっていたから仕方ないけど、東京に行くのってつらいだろうな……)
東京へ行けば、また心が痛むのではないかと心配したが、だからといって依頼を飛ばす訳にはいかない。
(鈴掛さんなら大丈夫だよな。仕事への集中力は半端ないから。ちゃんと依頼を果たして帰ってきてくれる)
雄太は、土日共に京都での騎乗がある。日曜日は、カームと天皇賞春に出走が決まっていた。
東京へ向かう鈴掛を見送った後、コーヒーを飲みながら、サンルームで洗濯物を干している春香の背中を見詰めていた。
(本当、春香は何も言わなかったな……。金づるにされてきた春香が金づるにされた鈴掛さんを見て、どう思っていたんだろう……)
同じような状況になってしまった鈴掛に、どんな思いがあったのか……。思い出してつらくはなかったのか……。
(なんでもないって感じで、自然に接してたもんな。それにしても、月曜日の春香には惚れ直したなぁ……)
鈴掛が家に泊まる事になった初日、洗濯物を巡り鈴掛と春香で軽い一悶着があった。
「鈴掛さん、洗濯物は脱衣所の籠に入れておいてくださいね?」
「え? あ……否……。下着もあるし……」
「だからなんですか?」
後輩の妻である春香に下着を洗濯してもらう事に抵抗がある鈴掛は洗濯機を借りれればと言う。
「鈴掛さんの下着なんて見慣れてますし、触った事だってあるんだから良いじゃないですか」
「さ……触ったって……。は……春香ちゃん……」
言い合う二人を見て、だんだんと雄太は笑いが堪えられなくなっていた。
(春香、接し方がいつも通り過ぎて……。わ……笑いが……)
東雲で、何度も鈴掛の施術をし、下着どころか半裸姿を見ていたのだから『今更』といった感じの春香の押しに、タジタジとなっている鈴掛の様子がおかしかったのだ。
「おい、雄太。笑ってないでなんとか言えって」
忍び笑いをしている雄太に、鈴掛は助けを求めた。
「す……すみません。あんまりにもおかしくて」
「笑い事じゃないぞ。何とか言ってくれ」
「良いじゃないですか、パンツぐらい。何度も何度も、直接体に触られてるんだし」
「おい。誤解されるような言い方をするなよ」
結局、春香に押し切られ、洗濯をお願いする事になった鈴掛は、食費も受け取らない雄太達に、凱央の相手をするのを申し出た。
「雄太だってする事があるだろ? 春香ちゃんは家事もある。だから、俺が暇な時は凱央の世話をするよ。それと、使わせてもらってる客間の掃除はさせてくれ」
「分かりました。じゃあ、お願いします」
何もないというのも気を使わせる事になるだろうというのが雄太と春香の考えだった。
「春香」
「なぁに?」
雄太はサンルームに向かい、洗濯物を干し終わった春香を後ろからそっと抱き締める。
「天皇賞が終わったらデートしような?」
「良いの? 最近、取材とかのお仕事も忙しいでしょ?」
「だからだよ。一日ぐらい春香とデートしたって罰は当たらないさ」
「うん」
暖かくなり、凱央が外に出るのにも問題は全くない。その上、外に出かけると、夜にしっかり寝てくれるので、春香の為にもなる。
「春香孝行したいんだよ」
「ふふふ。雄太くんが頑張ってる姿を見せてくれて、無事帰ってきてくれてるのが、何よりの孝行なんだけど?」
「そう言うと思った。でもさ、俺が春香とデートしたいんだよ」
「えへへ。嬉しいな」
しっかりとした筋肉がついた力強い腕もコツコツと骨張った長い指も大きな掌も春香は大好きだ。
その左手首の腕時計をチラリと見る。
「あ、雄太くん。そろそろ出ないと」
「え? あ、本当だ」
まだイチャつき足りないが、調整ルームに入るのは時間厳守なのだから仕方がない。
既に荷物の準備と着替えをしていた雄太は、バッグとキーケースを手にして玄関へ向かった。
いってきますのキスを何度も重ね、京都競馬場へと車を走らせた。




