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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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484話


 雄太の家で数日を過ごした鈴掛は、少しずつ気持ちが落ち着いてきていたのを自覚していた。


 確かに、かなりのショックを受けたし、正直『認めたくない』と言う気持ちが大きかったのだ。


 大切に慈しみ、溺愛してきた娘からの心無い言葉の数々や耳を疑う内容に、心にくいを打たれたような気がしていた。


(嘘だ……。美代が……か……? 小遣いの為……? 新しいパパ……だと?)


 グルグルと心も頭もかき回されているような感覚。吐き気がするような、目眩めまいがするような……。


(こう言うのを絶望……って、言うんだな……)


 毎月養育費を振り込み、折を見て書いた手紙も、何もかも無駄だった。


 離婚して数年経った頃、思いを寄せてくれる女性と巡り合ったが、娘を優先してしまう事から、悲しませる事になると思い独り身を貫いてきた。


 『もう鈴掛さん自身の幸せを考えても良いんじゃないですか?』


 口出しをしないと言っていた雄太の言葉が胸にしみた。


 実親に金づるにされ、雄太との未来を考える事が出来なかった春香は、何も言わずに微笑んでいてくれた。


(俺自身の幸せ……か……)

「アゥ……ダァ……」

「どうした? 凱央」


 ソファーを背もたれにして凱央を抱っこをしていると、綺麗な澄んだ瞳で自分を見ていた凱央が手を伸ばしてきた。


 小さな小さな手に指を伸ばすとキュッと握り、フリフリとされる。


「ウキャウ」

「ん? 楽しいか?」


 指を軽く振るようにすると、ホヤッと笑う顔は、雄太とも春香とも似ていると思った。


(まだ……人生の半分も生きちゃいない……。まだ……やり直しが出来る……よな)


 雄太は『鈴掛さんは間違ったんです』と、はっきり口にした。


(そうだな……。間違ったなら、そこからやり直せば良い……。気づいた所から……)

「鈴掛さん、夕飯出来ましたよ」


 春香と一緒に夕飯を作っていた雄太が声をかける。


「おう。今いく」


 凱央を抱き上げてダイニングに向かう。


「お? 何か、春って感じだな」

「はい。良い桜鯛が買えたんで、鯛飯作ってみました」


 テーブルの真ん中には土鍋が置いてあり、菜の花の辛子和えや山菜の天ぷらなどが並んでいた。


 春香が土鍋の中で鯛の身をほぐして茶碗によそってくれている。


「ほら、凱央。パパにおいで」

「ウバァ……」


 鈴掛から凱央を受け取った雄太が父親の顔をしながら椅子に座る。


「お前、凱央の扱いが板についてきたな」

「そうですか? まぁ、首が座ってから楽になりましたけどね」


 一番最初に抱いた時は、おっかなびっくりだったが、今じゃ片腕で抱くのも慣れた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう、春香ちゃん。良い匂いだな」

「我ながら上手く出来たなって思いました」


 土鍋で炊くと出来るおこげの香りが食欲をそそる。雄太の分と春香の分をよそうと、春香は雄太から凱央を受け取り椅子に座った。


「いただきます。……お? これは……」


 本当に美味しい物を食べると無言になるのが分かった。


「美味いっ‼ って言いたかったが、言葉にならんかった」

「良かったぁ〜」


 鯛を丁寧に捌き、バーナーでアラを炙っている姿は、可愛いと言う形容詞が似合わないなと思ってしまったのは内緒だ。


「春香ちゃん、魚捌けるんだな」

「俺も最初はビックリしましたよ。魚の頭をダンッて落としたり、内臓を掻き出したりしてるのは衝撃でした」


 雄太が思い出して笑う。


「雄太くんに一番最初に見せたのは……鯖だったよね。私にしたら普通な事だったのに、雄太くん固まっちゃうから、私のほうがビックリだったよ」

「女の子が魚捌けるなんて思わなかったんだよ」


 スーパーに行けば捌いてある魚が売っているから、自分で捌く人が減っている。ましてや、春香の歳でテキパキ魚を捌けるのは珍しいかも知れない。


「アラも良い出汁が出るんだよな。この潮汁も美味いよ」

「お口に合って良かったです」


 雄太は、笑顔が増えた鈴掛の姿に安心しながら、春の味覚を存分に味わっていた。





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